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雪の国

短編

どこまでも続く白の世界。永劫に続く無限の雪景色。過酷なこの大地で生きる命は多くない。千里を歩き通しても、知識と技術がなければ一つの生命も見つけることはかなわない不毛の地。

硬い絶壁に、深く掘られた洞窟に建てられたログハウスには、ぼんやりと明かりが灯っていた。その明かりは揺らめく火の明かり。電気による安定した明かりとは違い、不安定な光。それでいてあたたかな光が窓ガラスから漏れていた。

この閉じられた雪の世界で生きていくのは困難を極める。しかし、この年端もいかぬ少年は生きる術を知っていた。それは、先人たちが残してくれた財産であり、少年の親やそのまた親より続く、先祖たちの繋がりであった。

少年の名前はウロ。この大地に住む唯一の人間だ。

ウロが見つめる先には、暖炉にくべられた火が静かに揺らめいていた。火の形は定まることなく常にその様相を変え、ウロの瞳に妖しくうつった。

暖炉の中で組まれた薪が、崩れて火花が舞う。舞った火花が暖炉を抜け出して、ウロの目の前を通りすぎて舞い上がる。天井近くまで達して、激しく燃えながら乱雑に動き回ってから自然と消えた。それをジッと見ていたウロはため息をついた。古くからの先人の教えでは、この占い結果は今日の狩りの成果はないということを示しているからだ。まだまだ備蓄はあるが、ここ最近狩りができていないから、今日こそはと思っていたが、これでは少し心配になってしまう。今日は薪を集めるだけにする。ウロは暖炉の火を消し、たくさん着込んで背負いかごを手に出掛けた。

外の世界は相も変わらず真っ白で、全てが停滞している。雪が解けることはなく、命が芽吹く様子は見受けられない。氷のように固まった、冷め切った世界だ。こんな世界でも生きる方法は少ないが存在する。生命の活動がないように見えるこの世界だが、目に見えないだけでウロ以外にも生き物は確かに存在する。それを見つけて命の糧にするのがこの世界で生き抜く術なのだが、今日は占いの通りなにも見つかる気配がしない。

葉をつけない氷の森を抜けて、大きな湖に差し掛かる。この湖も当然凍っている。氷の厚さはちょっとわからないくらい深くまで凍っているが、実はさらに深いところで魚たちは生きているのだ。分厚い氷に阻まれて手は届かないし、その姿を確認することもできない。原因はわからないが、一年に一度湖の分厚い氷が木っ端みじんに砕かれる時がある。その時なら魚を取ることができるが、今はその時期ではない。二か月くらい前に氷が砕かれていたから、次はまだ随分先だ。

湖を迂回して先に進むと、精霊の森が見えてくる。この辺りは、所々地面から岩が突き出ていて、そこから緑色の透明な木が生えているのだ。不思議なことにこの木は油よりもよく燃える。普通の植物ではない。土から生える木とは全く異なるのだ。精霊の森と呼ばれているのは先人たちがそう呼んでいたからウロも呼んでいるだけで、名前の由来は知らない。ウロが昔尋ねたところによると、わからないと言われた。名前の由来についてはすでに時の流れによって消失してしまったらしい。

精霊の森の木々は自然に枝を落さない。葉もつけないから、地面には何一つ落ちていない。木から直接取るしかないのだ。持ってきたノコギリで手が届く枝を切り取っては背中の背負いかごに放り込んでいく。この森の木は背が低く、ウロの身長でも結構届くのだ。

かごいっぱいに薪を集めたらとても重くなってしまった。よいしょ、と担ぎなおして帰路についた。同じ道でも、その景色は行きとは全く違う顔を見せる。行きでは死角になっていた裏の部分が帰りでは表になって、行きに見ていたところが今度は裏になるのだ。

木の陰に何かがいる。赤色の粒と緑のなにかが落ちているのが遠目に見えた。興味がわいたウロは近づくと、それがなんであるかがわかった。雪ウサギだ。二つの目は赤い木の実で、耳は緑の葉でできたウサギを模した雪像だ。それがなぜこんなところにあるのだろう。赤い木の実も、緑の葉もここにはないのに。作る人だってもちろんいない。ウロは何年も他の人には会ったことがないし、痕跡だって見かけたことがない。素性がしれない雪ウサギだ。

しばらく観察してみると、なにか音が聞こえてくるのに気が付いた。なんだろう。よく耳を澄ますと、カチカチという音が等間隔で鳴っているのがわかった。もっと顔を近づけたら、葉の耳がピクリと動いた。ウロが目を丸くしている間に、雪ウサギは体をごそごそ動かしたりその場で跳ねたりした。

動く雪ウサギ。ウロに興味があるようで、こちらを見上げてジッと見ている。動く雪ウサギを見るのは初めての経験だった。山のように大きな亀や氷の巨人を遠くから見かけたことはあったが、何度も作ったことがある雪ウサギが本当のウサギのように動くというのは先人からも聞いたことがなかった。

突然大きく飛び跳ねた雪ウサギは、ウロの懐に潜り込んだ。突然のことで驚いたウロは思わずしりもちをついた。雪ウサギは当然雪で出来ているから、懐に入ってしまっては体温で溶けてしまうのではないかとウロは心配したが、不思議なことにちっとも溶ける気配がないし少しも冷たく感じなかった。

なにか懐いている感じがしたウロは、置いていくわけにはいかないので持って帰ることにした。

帰ってもまだ暖炉は暖かく、手をやって暖をとろうとしたが、懐の雪ウサギは人の熱では溶けなかったが、火の熱では溶けてしまうのではないかと頭によぎった。

そんなことは意に介さず懐から雪ウサギ飛び出した。暖炉の前に着地した雪ウサギは、自らの体が雪でできているのではないといわんばかりに暖炉の熱に気持ちよさそうに当たっていた。

どこまでも普通の雪ウサギではないようだと、ウロは辟易した。

持って来た枝を暖炉にくべて、お茶を入れて一息ついたウロは、改めて目の前の雪ウサギを観察した。机の上でおとなしくする雪ウサギの大きさは手のひらよりも少し大きいくらいで、材質は雪。紛れもなく雪。頭を撫でてみると新雪のさらさらとした感触が伝わる。湿った感じはなく、溶ける気配はない。耳を近づけると、カチカチとした音がする。随分と変わった鼓動だ。どれだけ動いても休んでいても、もその音の間隔は変わらず、なにか不変のものを刻んでいるようだ。

ウロは懐いてくる雪ウサギとしばらく過ごした。狩りをするときや薪を取りに行くと、いつの間にか懐に忍び込んでいて、いつも一緒に過ごしていた。ある日、狩りのために少し遠いところまで足を延ばした時、氷像の女神と出くわした。氷像の女神は害のある存在ではなく、時々こちらに知恵を授けてくれる美しい女性の氷像だ。彼女は会おうと思っても会うことはできない。求める時には姿を現さず、完全に頭にない時に突然現れる神出鬼没の女神様だ。

女神様は言った。それは、時を刻む雪ウサギ。その時がくるまでの時間を刻んでいる。その時とはなにかと聞いたところ、それは自分で見つけなくてはいけないという。

時を刻む雪ウサギ。動くだけの雪ウサギではなかったらしい。動いて、時を刻む雪ウサギということだ。

女神様はそれだけ言って去ってしまった。なぜ自分に教えてくれたのだろう。ウロは疑問に思ったがそれも教えてくれなかった。雪ウサギは特に何かを知っている様子はなく、そこらを自由に動き回っていた。

雪ウサギとの冒険は続いた。ある時は巨大な氷山を背負った亀の甲羅を探索し、星の芯まで裂けているといわれている谷を渡り、地上にあるはずなのに上下全てが夜空の星の海を駆けた。いつの間にかウロにとって雪ウサギは欠かせない存在になっていた。

テーブルの上にのった雪ウサギを撫でていた。時を刻む音は今も聞こえる。しばらく一緒に過ごしてきたが、女神様のいうその時というのはわからなかった。ウロはその時について気になっていたが、今ではそんなことはもうどうでもよかった。雪ウサギはどこまでもただの雪ウサギではないが、ウロにとっては、ちょっと変わったウサギの友達だ。雪ウサギがウロの腕を伝って肩に乗ると、頬ずりをした。

翌朝、今日の太陽は一つ。狩りに出かける日だ。六日前の占いで、獲物が多く姿を現すとでたのだ。占いに使うくず星の反応から、
今日は今までにないほどの獲物に遭遇できそうだ。いつもの防寒具を着込み、さらにその上に雪に溶け込むような白いフード付きのマントを被る。匂いと気配消しの香り袋、猟銃を持ち、それから鉛玉と火精霊の石の予備を忘れずにコートの内側にしまう。雪ウサギは自分から懐に飛び込んできた。

狩りは獲物を見つけるまで時間がかかる。獲物が残した足跡や痕跡を見つけ出し、気づかれないように追跡して、追い詰めて仕留める。ウロは占いにより大体のアタリをつけてはいるが、それでもいつも一筋縄ではいかない。精霊の森を抜け、小高い丘を越えて視界の開けた平野を横切り、頂上に氷の城がそびえる山を横目に歩いた。遥か上空では、たくさんの光の粒が群れをなしている。天馬の群れだ。時々羽根も落ちてくる。雪ウサギは服の隙間から顔をのぞかせてウロと見る風景を共有していた。時々もぞもぞ動いてくすぐったい。

大きくて深い精霊の森に入った。所々枝が折れ、雪にはたくさんの足跡が残っている。ヒヅメだ。この形は白王鹿だ。それも大きな群れみたいだぞ。ウロは猟銃を構えて小走りで足跡を追った。白王鹿はとても大きく、首に立派な白い鬣があるのが特徴だ。一見、力強い見た目をしているが、仕留めるのは難しくない。隙さえ見逃さなければ大丈夫だ。しかも肉はたくさんついているのに、大味ではなく脂がのっていて非常に美味だ。毛皮も防寒具にでき、角はまじないの道具に使える。全部余すことなく使うことができる最高の獲物だ。

しばらく追っていると、だんだんと痕跡が新しくなってきた。獲物は近い。気配と息をひそめて忍び足で近づく。衣擦れの音一つでもたてないように神経を使い、慎重に歩く。すると、見えてきた。白王鹿だ。とっさに近くの精霊の木の影に隠れる。木からゆっくりのぞき込むと群れの全貌が見えた。思ったと通り大きな群れだ。目測でも五十は下らないだろう。こちらに気づいている様子はない。周りを警戒しているのが数頭いるが、ほかはそれぞれ自由に過ごしているようだ。精霊の木を食んでいるヤツもいれば、雪をかき分けて地面を掘っているヤツもいる。お互いにじゃれあっていたりもしている。狙い目は群れから少し離れているヤツだ。のん気に毛づくろいをしている。大きな角が邪魔でうまくできないようだ。こちらには一切気づいている様子がないどころか、警戒もしていない。絶好のチャンスだ。悟られないように、緩慢な動きで、さも自然の一部のように振舞う。香り袋で気配と匂いを、培った技術で音を消す。感情すら押し殺し、殺気を出さない。銃口を向け狙いを定める。後は引き金を引くだけ。獲物が最も油断する瞬間を狙う。それは、雲が一瞬だけ裂けてその切れ間から太陽がでる瞬間のように。あるいは、氷柱から雫が落ちる瞬間のように、そのタイミングは刹那だ。静かにゆっくり呼吸する。ヤツと呼吸を合わせる。動きを合わせる。波長を合わせる。

合った。

銃声とともに命が散る。ほかの白王鹿も驚いて散っていった。ウロは近づきナイフを手に持った。早く血抜きをしないと肉がまずくなってしまうのだ。懐から飛び出た雪ウサギが、倒れた鹿にその鼻にあたる部分を近づけて興味深そうにしていた。

簡単に血抜きを終わらせて、足を縛って小さな背中に背負う。ウロは一見、非力に見えるが見た目と違って意外と力持ちだ。でないと、この厳しい世界を生き抜くのは難しい。もし、見た目相応の非力な体であったなら今まで生きてはこられなかっただろう。

獲物を無事に獲ったウロは帰路につく。その道のりの険しさは、行きとは比べ物にならない。すでに体力を消耗した状態であること。荷物を背負っていること。それから、荷物を狙う獣たち。特に、大白イタチには注意しなくてはならない。彼はウロが知る中で最も強大な力を持つ存在だ。もし、彼が空腹の状態で出くわしてしまったら命はない。一応、匂い消しの効果のある香り袋を携帯しているが、安心はできない。それに大粒の雪も降ってきた。

森を抜けかけるところで違和感を感じた。囲まれている。いったいいつからだろう。ウロは獲物を仕留めたことで、すっかり油断してしまっていたらしい。この世界ではそれは最も恐ろしい命取りになるというのに。おそらく二十はいるだろう。ウロは耳をすませて、少しの息遣いや身じろぎの音を聞き分けて囲んでいるヤツらの位置のアタリをつける。少し移動してみると。全体が動いた。獲物に合わせて自分の立ち位置に移動したのだろう。これはきっと銀狼だ。厄介なヤツらに目をつけられてしまった。彼らはよく鼻が利き、群れで行動するから見つかったらひとたまりもない。獲った獲物を横取りするつもりだろう。やけにタイミングがいい。もしかして最初からつけられていたのだろうか。きっとそうなのだろう、ヤツらはそれくらい賢い。

気配を殺して身をひそめていると、服の隙間から雪ウサギが顔を出した。こいつは体が雪でできているから狼たちにに食べられることはないだろうが、食事のマナーがなってないから、きっと派手にウロを食い散らかして雪ウサギもただではすまないだろう。

弾薬は十分にある。銃は連続して撃てるものではないため、狼の群れを相手にするには心もとないが、やるしかない。命が惜しければ。一気にニ、三匹仕留めることができればヤツらは逃げ出してくれるかもしれない。ウロは自分の技量ではできないと、不安をぬぐえないが、ありったけの勇気をふりしぼり、決意のこもった鉛弾を弾倉に装填した。

少しずつ狼の囲いが狭まってくる。少しずつにじりよってくる。早く、なにかないか。なにか、この窮地を脱することができるいい方法は。ウロが考えを巡らせていると、横ヤリが入ってきた。ついに、銀浪たちがしびれを切らして一匹が右から飛びかかってきた。とっさに前に転がり込んで避ける。

背負っていた鹿を襲ってきた一匹に叩き付けて、ひるんでいる隙に駆け出していく。全速力だ。それを皮切りに、次々と狼たちが襲い掛かってくる。それを避けて、転んで、猟銃の柄の部分で殴って振り払う。走るのだけはやめない。完全に囲まれてしまったら、逃げ場がなくなってしまったら、いよいよ終わりだ。彼らの食卓に乗ることになる。前からもその恐ろしい爪と牙が迫りくる。これを小さな体を滑り込ませて、鼻先に拳を叩き込んで道を切り開く。走りながら猟銃を構えて、視界にいる狼たちに撃つ。五匹のうち三匹に当たって地面に崩れる。外した二匹も大きく怯んだ。この間、一発撃つごとに弾を高速で装填するその表情は鬼気迫るもので、今までにない正確さと速さであった。なのに、ちっとも諦めてくれる様子はない。

森を抜けて、なお走る。どうやら諦めてはくれないようだ。思ったより大きな群れだったようだ。背中越しに見えた狼の数は五十は下らないほどに見えた。仕留めた鹿はさっき狼に叩き付けてくれてやったから手元にはなく、食糧だって彼らの気を引くようなものは持ち合わせていない。どうやらウロは大変にモテるらしい。どんなに逃げようと、熱いラブコールが止まる様子はない。もしくは熱烈なファンなのだろう。殊勝なことだ。

いかにウロが身体能力に優れていようと、狼とのマラソンには勝てない。マントに狼の凶悪な爪がかすめる。何度も何度もかすめて裂かれていく。背中にもいくつか届いて抉られた。やがて、足や腕にもその爪が届き、体が少しづつ削れていく。マントも体も、もうボロボロだ。

ついに、足は走る力を無くして前に出なくなった。足がもつれて、体は前に放り投げられ、雪がウロを受け止めた。体中につけられた傷から血が流れ、純白の雪を朱に染めていく。

ここが自分の最後か。随分と突飛であっけない。この雪に閉ざされた厳しい世界ではよくあること。幼い自分に、誰も彼も容赦などしてくれやしない。これがこの世界の掟。

ウロはこのどうしようもない現状を前にして、自分の命に見切りをつけた。まだ成人に遠くおよばないウロだが、誰も自分に優しくないことを知っていた。

天候はいつのまにか吹雪に変わったいた。

力なく仰向けになったウロの懐から、雪ウサギがはい出てきた。狼の群れに囲まれているのにいつも通りの、何食わぬ面持ちで胸の上に乗ってウロを見つめている。ウロは、自分から離れるように雪ウサギをどけようと手を添えて、気づいた。全く動かない。まるで、大岩を相手にしているような重量感だ。なのに、体に乗る雪ウサギに重さはいつも通りのあってないようなものだ。

あの音が耳に入った。一定の間隔で鳴るカチカチという音。こんな状況でも、変わらず鳴っている音。出会ったころから鳴っていた音。女神様が言っていた。この音は、その時までの時間を刻んでいると。結局わからなかった。せめて知りたかった。

ウロは雪ウサギに想いを馳せる。

君と過ごした日々はかけがえのない楽しい時間だった。少なくない時間を独りで生きてきた自分は、寄り添ってくれる隣人など夢見たこともなかったけど、いいものだった。君は言葉を発することはできなかったけど、その動作には、感情がこもっているように感じた。獲物を逃したときには慰めるように頬ずりをしてくれた。暖炉の前でうたた寝していたときはその小さな体を懸命に動かして、起してちゃんとベッドで寝るようにと、身振りで訴えていたこともあった。雪の塊のくせにベッドに入ってきて、一緒に寝たりもした。その時の雪ウサギは不思議と温かく感じた。冒険の日々だけじゃない。いつものなにげない日常でも楽しい時間だった。ありがとう。あのまま、独りぼっちで終わるはずだったこの人生に温もりをあたえてくれて。長く孤独に生きるより、短くても君と出会えたこの一生に価値を感じた。だからせめて君だけは。

その想いは届かなかった。ウロの耳に変わらず聞こえていた音が止んだ。気づけば雪ウサギはウロから降りて、狼たちに体を向けて彼らを見据えていた。雪の体が解けるように透明になった。透明になった体は大きく膨らみ、ウロよりも大きくなり、白熊をのみこめるくらいの大きさになった。狼たちは突然の雪ウサギの変化に恐れ、後ずさる。時がきたのだ。雪ウサギはさらに形を変え、足を形成し、体が伸び、本物のウサギと同じような姿形へと変化した。雪ウサギは大きく透明になった体を激しく動かし、狼たちをを弾き飛ばした。宙を舞う仲間を見て残った狼たちはわき目もふらずに逃げ出した。雪ウサギが舞い上げた粉雪が空気中を泳ぎ、視界が悪くなる。ウロからは雪ウサギは影しか見えなかったが、不思議と理解できたことはあった。ここだ、ここが最後なのだ。今この瞬間こそがその時なのだ。ずっと痛くて重くて力が入らなかった体が急に軽くなった。痛みも消えていた。雪ウサギの影がこちらを振り返るが、風など関係なく空気中を泳ぎ続ける粉雪と、さらに強くなった吹雪も相まって輪郭すら不鮮明だ。すっかり元通りになった体を起こして、雪ウサギに触れようと近づき手を伸ばすが、手は空気と降りしきる雪を掴むばかりで雪ウサギには届かない。

突風が吹き、とっさに目をとじて踏ん張った。目を開けると、悪かった視界が開けていた。雪ウサギの姿もそこにはなかった。あるのは雪ばかりで、なのに雪の体をしたウサギはいなかった。ウロに残ったのは半身を失ったような喪失感と、生きなければならないという感情だった。助けられたのだ。無二の友が、その存在を賭して救ってくれたこの命をほんの少しも無駄にはできない。ウロは空を仰ぎ、泣き崩れた。

どこまでも続く降り積もった雪。ここは閉じられた白の世界。凍てつく空気に多くの生物は死に絶え、万物の流れは滞り、順応できたものだけが存在を許される。ウロは、この世界で強かに生きた。冷たい風にさらされても、友にもらった温かさがずっと体の芯に残っていて耐えられた。今日も、明日もいつまでも懸命に生きるのだ。それが今、生きている者の義務なのだから。それが、生きていけなかったものたちへ、残されたものができるせめてもの手向けなのだから。いつか、ウロが誰かへ託せるように。命を続けられるように。

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