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塔の国

短編

 底知れぬところから、アスパラガスは生えてくる。

 何も見えない真の暗闇。そこに光源は無く、額につけたライトの明かりだけが頼りだ。底の底には光は届かない。空から降り注ぐ光は下に行くほど弱まり、次第に暗黒が力を増す。誰もが踏み入ることを躊躇う場所だが、リゲルはそこにいた。

 リゲルのいる部屋は廃墟のようで、壁や床に光を当てると、ところどころ色が違ったまだら模様になっているのが見える。光を反射させる金属でできているところもあれば、朽ちた木材でできたところもある。使えそうな部分をノミやハンマーを使って掘り出すのだ。それがリゲルの仕事だ。

 金属ばかりが使える素材ではない。綺麗な木なら家具を作る木材として使える。使えそうもない朽ちたものでも、燃料として使えば見た目は関係ない。重要なのは綺麗に掘り出すこと。それに気をつけてリゲルはひたすらに掘る。

 探索用のリュックに詰められるだけ詰めた。留め金に引っ掛ける紐はもうこれ以上は伸びないと、動くたびに小さな悲鳴を上げている。探索用だけあってかなり大きなものだから多くのものが入ったが、その分膨らんで背負うと大人のリゲルでも子供に見えてしまうほど大きくなっていた。

 重くなったリュックを背負うことにも慣れたもので、確かな足取りで階段を上る。ここはかなり深いところにあるから、随分と長く階段を上らなければいけない。十や二十を軽く超えた階層を過ぎて、ようやく辺りが見えるくらいに明るくなってきた。どれだけ慣れていても、さすがに息も切れてきていた。それでも小さな呼吸のリズムだ。片腹が痛くなることはないし、自分の心肺機能にはまだ余裕がある。リズムを乱すことなく維持して、ようやく陽の光がまともに拝めるところまで上がってこれた。窓もない部屋の穴から顔を出して、外を見ればいつもと変わらない光景が目に飛び込んできた。

 底の見えない深淵から伸びる無数の塔。大地と呼べるものは見当たらず、どこから生えているのかわからない塔と、どこまでも突き抜けていきそうな青空と、そこに浮かぶ雲だけがリゲルの見える世界だった。

 リゲルのいる塔は他と比べると真新しい。増改築を繰り返したような見た目は変わらないが、雨風に晒されたような劣化はない。年輪を重ねた木々が連ねる森の中で、ちょこんと生えている若木のような塔だ。

 塔の最上階には橋がかかっていた。隣の塔と繋がるその橋だけが、唯一の移動手段。高い標高につきものの強い風が橋にぶつかるが、強力なワイヤーでできているから多少揺れる程度で、頑丈なものだ。見渡す限りの塔全てに橋がかかっている。まるで脳の神経回路のような巨大なネットワークが構築されている。

 塔の群れの中心に聳え立つのは一際大きな塔だ。何百何千も束ねたような太さの巨塔。中央塔と呼ばれるそこはこの社会の中心であり、生活の基盤。そこにリゲルは収穫した素材を運んだ。

 中央塔には様々な店が連ねるフロアがある。食料や雑貨に電化製品など、必要なものは大体ある。この世界最大のマーケットだ。ないものも多いが、生活するのには十分だ。
 フロアの一画、積み上げられた資材の山をいくつも有する業者が、いつもリゲルが取引している相手だ。

 「今日も持ってきたぞ、マト」

 「毎日ご苦労だな、リゲル」

 マト、と呼ばれた業者はリゲルから収穫物を受け取った。

 「今回は大量だな、それに価値のあるやつが多い」

 「昨日生えた新塔が当たりだったんだよ」
 マトは慣れた手つきで素材ごとに仕分けをして、秤で重さを測った。電卓を叩いて出した金額をこんなとこだな、と掲げて見せた。それにリゲルは頷くと、取り引きは成立した。

 リゲルはその足で買い物をした。パンや肉などの食料を必要な分だけ買うと、次は電子部品を求めてフロアを移動した。フロアごとに売られているものが違うこの市場は、買い物をするだけでも一苦労だ。

 欲しかった部品も買えたら、賑やかな喧騒を背後に、リゲルは家路についた。

 彼の家は静かなところにある。うるさいのが苦手だったため、なるべく端っこの中央塔から離れたところを選んだ。今では周りに塔が新しく生えてきたから、端っこではなくなったが、人気がないのは変わらない。静かな時を過ごせる。

 多くの橋を渡ることでたどり着けるその塔の上には、緑の旗がはためいていた。無数の塔が乱立するこの世界では、自分の住む塔がわからなくなることが多々あるため、目印をつけることが多い。外壁にマークを書いたり、カラフルに塗装したりしておしゃれにしてたりもする。

 自宅に帰ったリゲルは携帯型のカセットコンロでサッと肉を焼き、野菜とともにパンに挟んだ。簡単な男料理ではあるが、肉汁がパンに染み出してとても美味い。野菜の食感もいいアクセントになって欠かせないものになっている。

 手早く食事を済ませたら、買ってきた電子部品を手に取った。部屋の隅に適当に置かれている装置の側に座り込んで、ガチャガチャと弄り始めた。アンテナのついたその機械は天井に届くくらいの大きさで、高さはリゲルの身長よりも高い。背伸びすれば手が届くか届かないかくらいだ。

 起動させて動作をチェックしながらの作業は手探りのようだった。リゲルは機械に対して無知というわけじゃないが、仕事にできるほど詳しくはない。自分で調べて、探り探りであるものを作っていた。市場に売られているのなら楽だが、こんなものはどこにもなかった。ここの専門業者に発注しても、これは作れない。それならいっそ自分でやってしまおうと思ったのだ。ゼロからではないし、送られてくる製品を組み合わせればできるものだから、手間はかかるが簡単だろうと始めたのだ。リゲルに誤算が一つあったとすれば、くっつけるだけでは完成には至らなかったことだ。ちゃんと動作するように細かい部品がいくつも必要なことを知らなかったから、時間がかかった。上司には遅かったなと言われたし、苦労もしたが、ちゃんと完成した。

 今日も終わり、日付が変わるころだ。作業を終わらせたリゲルは、さっさとシャワーを浴びて寝た。

 次の日の朝はいつもより早く起きた。たまたま目が覚めたわけじゃない。リゲルの住む塔のすぐ近くに新しい塔が生えてきたのだ。早朝にいきなり大きな音がしたから驚いて飛び起きた。

 この世界では、新しい塔は下から自然に生えてくる。アスパラガスのような形をした細長い建造物が、アスパラガスのようににょきにょきよ生えてくる。なんの予兆もなく、不定期に次々と生える。勢いよく唸り声のような音を立てながらせり上がってくるのだ。

 新しい塔は所有者が誰もいないため、勝手に入って採掘をして資材を持って行ってもいい。それを仕事にしている者も多い。リゲルもその一人だ。暗黙の了解として、下の階層でしか採掘はしてはいけない。上層は基本的に居住スペースになるからだ。

 採掘は早い者勝ち。まだ寝ていたい気持ちを噛み殺して、リゲルは生まれたばかりの塔に橋をかけた。

 どの塔も橋は最上階にある。そこがそのまま通り道になるから、居住スペースは必然的にそれ以下の階層になっている。リゲルの住む階も上から二番目だ。

 「今日は、行ったことない深度まで潜るか」

 塔は下にいくほど希少価値の高いものが多くある。壁一面の宝石や、レアメタルの塊が落ちていることがある。それなら誰もが下へ下へと、それこそ塔の麓まで行きそうなものだが、誰も底まで降りようとはしない。正確には、底が見えない。勇敢な、あるいは命知らずな者たちが未踏の深淵に挑むが、一人も帰ってきたことはない。

 リゲルの想像は膨らむ。正体不明の何かがいるのか、それとも人間が踏み込んではいけない領域があるのか。あるいはあまりにも素晴らしい楽園があって、誰もそこから帰りたくないだけなのかもしれない。

 「少しだけなら大丈夫だろう」

 想像上の存在に恐れを抱いても一銭にもならない。それよりも、少しでも稼ぎは多いほうがいいと、リゲルは思った。

 「半歩、虎穴に入るだけさ」

 新築の塔は壁も柱もシミ一つない綺麗な状態だった。まだ誰も住んだことがないこの部屋に移り住みたい気持ちが沸いてくるが、仕事が最優先と、階下へと降りた。

 朝日を浴びながら、光が差さないところに向かう。清々しい朝に別れを告げて、もう一度夜を迎えに行く。夜と違うところは、星も月もない一切の明かりがない暗闇だというところ。ヘルメットに取り付けてあるライトだけが頼りだ。

 「よし、ここまではいつも通り」

 到達最高記録を更新して、さらに階段を下りた。ここから先はリゲルが見たこともない景色。ずっと似たような暗闇だが、それ故に何があるかわからない。未知の場所に加えての視界不良は、それだけで危険だ。

 「お、これは」

 さっそく今まで採掘したことがないものを見つけた。ライトの光を反射してキラキラと光り輝く宝石だ。それが不自然に壁から生えていた。澄んだ紅色は研磨の必要がないほどに洗練されていて、とても自然物とは思えない。リゲルは宝石についてよく知らなかったが、人を虜にする魅力を持ったこの宝石は高く売れると確信していた。

 重くなったリュックを背負いなおして、さらに下に進んだ。

 あと一つだけ採ったら帰ろう。そう決めてリゲルはさらなる深淵へと踏み入れる。

 ここは暗くて甘い。真っ暗で何も見えないところだけど、高価なものがあって甘い汁をすすれる。まるで蝶にとっての花畑。楽園はここにあったんだ。リゲルはどんどんお宝を手に入れた。

 「もっとでかいリュックを持って来ればよかった。これ以上は入らない」

 持ちきれないお宝を手にしたあとは帰るだけ。帰るだけ、ならよかった。自然界でも人間社会でも、甘い香りに誘われてやってきた得物を狙う狩人がいる。エサにまんまと食いついたところを逃さない。

 重いリュックが肩にめり込んでいく感覚に耐えながら、リゲルは来た道を戻る。足にかかる重力が一気に増した気がして、疲れが蓄積されていく。一歩進むごとに重みが増す錯覚さえしてくる。

 重い、本当に重い。重すぎだ。まるでリュックに誰かが乗っているかのような。リゲルはふと思って、首を少し後ろに向けた。同時に、ヘッドライトも後ろに向いて、リュックの端を光が照らす。

 次の瞬間、リゲルはリュックを捨てて走り出した。なりふり構わず、上を目指した。とにかく光があるほうへ、太陽の光を求めて全力で駆けた。背中のすぐ後ろに気配を感じながら。時折、靴のかかとに何かが引っかかる感触がありながらも、階段を駆け上がった。

 次第に辺りの壁が視認できるようになってきた。太陽光の恩恵が受けられる階層に近づきつつある。

 リゲルはとにかく必死で走った。日光が窓の外から差し込む階層に入っても、体力の限界がくるまで足を止めなかった。

 「はあ、はあ」

 久々の全力疾走に心臓が忙しい。肺は悲鳴を上げている。倒した身体を起こす気力は下の階に置いてきてしまったようだ。大の字で寝ころんで日の光をめいっぱいに浴びていた。

 「なんだったんだ、あれ」

 リゲルがあの時、振り返って視界の端に捉えたのは、影だった。明らかに光が当たっているはずのところに、何かのシルエットのような影があったのだ。リゲルはあの階層に生物いるなんて話は聞いたことがなかったし、自分と同じ採掘に来た人間だとしても、この生まれたばかりの塔に自分より先にいる可能性は低いし、採掘をした痕跡もなかった。そしてなにより恐ろしいと思ったところは、シルエットが既存の生物とは違っていたことだ。人に近い形のようだったが、とても自分と同種だとは思えなかったなかった。頭で考えたのではなく、直感が働いてそう感じた。

 「リュック、置いてきてまった」

 売ればかなりの額になるものを持って帰ってこれなかったのに、リゲルはあまり後悔していなかった。それどころか、なぜあんなにも集めてしまったのか不思議に思うくらいだ。あの宝石も思い返してみれば、そんなに綺麗だっただろうかと、疑問を抱いていた。あの化け物による、よくない力が働いていたのかもしれない。疑似餌を持つ生物のように、罠を張った上で、自分が来るのを待ち構えていたのだろう。リゲルは、そう考えると腑に落ちた。普段の自分では考えられない行動だった。冷静さを失っていた。きっと、今まで行方不明になった採掘者たちもあいつにやられたのだろう。

 だいぶ息が落ち着いてきた。さっさと帰って休もう。しばらく採掘も休もう。リゲルが立ち上がったところに、声がかけられた。それは言葉ではなく、声帯から発せられた単なる音で、なんの意味もないものだった。しかし、リゲルにその音の発信源に気づかせるだけの意味はあったようだ。

 そこにいたのは褐色肌の子供。この世界では子供は珍しい。塔に住む住人たちは、みんな大人で子供が生まれることは少ない。さらに褐色の肌は見たことがない。

 子供は部屋の隅で寝ていた。先ほどの声は寝言らしい。白の半そでTシャツに、同じく白の短パン。飾り気がなく機能性もあるようには見えない。とりあえず着られるものを着ているといった感じだ。

 「どうしたってこんなところに。おい、大丈夫か?」

 揺すっても起きる気配はない。このままここに子供を置いていくのはしのびない。正体不明の恐ろしい化け物を見たあとでは尚更だ。

 荷物のなくなった背中に子供を担いで階段を上った。いつもの荷物よりも軽いからか、子供を背負っているのに案外楽だった。

 最上階に近づくにつれ、騒がしい音がすることに気がついた。

 「あぁそういえば、今日は祭りの日か」

 中央塔からの喧騒が、風に乗って一番離れたこの塔にも聞こえてくる。

 今日は一年に一度の祭りの日。この祭りは、自分たちを支えてくれている塔たちに感謝する意味があるが、それを知っている者は少ない。意味なんて知ったことかと、騒ぎ出す。資源が潤沢にあるわけではないここでは、大きな行事が少ないから、人々は限られた祭りの日を盛大に祝うのだ。

 リゲルは祭りにあまり興味がないからすっかり忘れていたのだ。

 「う……ん」

 「起きたか?」

 背中で寝ていた子供の目が覚めた。塔の最上階から中央塔に目が向く。いつの間にか日は傾いて、そろそろ夕方なるところで影が大きくなっていた。リゲルと子供が見る大きな塔は、いつもよりも明るい光が漏れ出ていて、見る者の目を持って行く。

 子供は何かをしゃべることはなかった。落ち着いた様子で大人しくしていた。騒がしいよりはマシだと、リゲルは気にしなかった。

 「さて、君はどこの子だ?」

 「あ」

 「い?」

 「うー」

 「えぇ?」

 「お!」

 自宅に戻ったリゲルは、子供に家はどこだと聞き出そうとしていた。どこのどんな子供にも親はいる。十歳にも届いていないであろうこの子供にも当然いるはずだ。今も探しているに違いない。しかし、困ったことに言葉が通じない。普通ならこれくらい成長すれば、言葉の一つでも覚えているのは当然のことだ。それなのに、この褐色肌の子供にはそれがない。

 「中身だけ生まれたばかりの赤ん坊みたいだな」

 このまま自分が世話をすることになるのだろうか。そんな思考も一瞬よぎったが、こういう時は人に頼ることが大事だと、考え直して立ち上がった。

 「そうだ、祭りに行こう」

 中央塔に行くことにしたリゲルは、子供をまた背負って出かけた。一人で問題なく歩けるようだが、どうにも危なっかしい。言葉が通じないから、気をつけろと言っても聞かないだろうと思った。それならいっそ、おぶればいいかと考えた。

 道中は背中でじっとしていて手はかからなかった。

 「こういう子供なら子育ても楽なんだろうな」

 世の親たちに思いをはせて、風に揺れる橋をいくつも渡った。

 中央塔に着けば、祭りの騒がしい音が耳を突き刺し、特有の浮ついた雰囲気に身体全体が包まれた。これを感じると、思わず楽しみたくなってくる。

 「とりあえず、マトを探そうか。たしか組合に参加していたから、運営にいるだろう」

 いつも採掘物を売る業者を頼ることにした。マトは顔が広く、市場の組合員であるから業者や店を持つ者同士のネットワークもある。この子供の親を探す手がかりにはなるはずだ。

 「マトはいるかい?」

 「お? リゲルか。珍しいな、祭りに顔を出すなんて。いつもは眺めてるだけだろうに」

 「ちょいと用があってな」

 「用? もしかして、背中のそいつか? 珍しいな。なんだ、拾ってきたのか」

 「そうなんだ。拾ったんだ」

 「マジか」

 「マジだ。親を探してる」

 「そういうことか、ちょっと待ってろ」

 マトがどこかへ行っている間に、祭りを見て回ることにした。

 「お前も興味あるだろう?」

 「う!」

 背中の小さいのを下ろして、手をつないで歩いた。その様子を見る周りの人の目にはは親子のように映った。
 リゲルは名前のわからないこの子供のことをなんと呼ぶのか迷った。ちゃんとした名前があるはずだから適当な名前で呼ぶわけにはいかない。しかし「おい」や「お前」というのは憚られる。

 少し考えていたら、くいっと、手が引かれた。視線を下げると、りんご飴の屋台を見つめる姿があった。

 「これが欲しいのか?」

 「ん」

 「すいません。一つください」

 買ってあげれば、ずいぶんと美味しそうに食べ始めた。キラキラと目を輝かせて、たまらないといった表情で甘味を堪能していた。その姿に影響されて、リゲルもリンゴ飴を購入した。そういえば何年ぶりに食べるだろうかと、昔を懐かしく思う味がした。

 「とりあえず、呼び名はアメちゃんにするか」

 「ん!」

 別の名前をつけるのではなくニックネームならいいだろうと、リンゴ飴を食べながらそうすることに決めた。安直だが、本人も嫌がっていないし問題ないだろう。

 祭りは皆が輝いていた。店を出す人も、食べ歩く人も、子供は駆け回り、心底楽しそうにしていた。狭くて豊かではない世界だけども、不便なことも多いけれども、それでもリゲルは幸せだと感じていた。今を見て、精一杯に生きることが幸福になることの秘訣の一つなのだと、思った。

 リゲルとアメちゃんは、リンゴ飴を片手に手をつないで屋台を見て回った。射的をしたり、水風船を釣ったり、たこ焼きと焼きそばを食べて久しぶりに祭りを満喫した。アメちゃんも楽しそうにニコニコとしている。

 太鼓の音が響き始めた。目玉である感謝の踊りが始まる合図だ。ここは塔の中だから、大きな火を囲んでその周りで踊ったりはできない。そのかわり、打楽器で大きな音を出してその周りで踊ることで感謝の意を示す。

 「どこも同じことを考えるんだな」

 リゲルは踊りを知らなかったから、その輪には入らなかった。その代わりに、となりでアメちゃんが真似をして変な動きをしていた。それを見て、なんだか幸せな気持ちを感じた気がした。

 一通り楽しんだところで、マトのところへと戻った。アメちゃんの親についてなにかわかったのかもしれない。

 「すまんな、なにもわからんかった」

 「なにも? 探してる親はいなかったってことか」

 「そういうことになるな。その子は目立つしすぐわかると思ったんだがな。まだ情報がこっちに来てないだけかもしれないから、とりあえず今日はお前が面倒見てくれ」

 「え?」

 「ずいぶん懐いているみたいだからな。それがいいだろう」

 マトは、仲良く手をつなぐリゲルの姿を見てそう思った。

 「まあ、いいか」

 リゲルは悪い気はしなかった。アメちゃんもよくわかっていなかったが、嫌ではなかった。

 「じゃあ、帰るか」

 「ん!」

 「いい返事だな」

 アメちゃんは帰りもおんぶをねだってきた。言葉をしゃべれないだけで、見た目相応かそれ以上に賢いんじゃないかとリゲルは思ったが、それでもまぁいいかと、素直におぶって帰った。

 屋台飯で夕飯をすませたから、あとは風呂に入って寝るだけ。リゲルはアメちゃんの服を脱がせて違和感を感じた。それはこの子の性別だ。最初は幼少期によくある、どっちかわからないやつだと思っていたが、どっちでもないのかもしれない。判別が難しい形をしていた。あるようにも見えるし、無いようにも見えた。両性具有? 人間にそんなものは存在しないはずだ。リゲルは不思議そうにしているアメちゃんに気付いて、そのことはいったん置いておき、さっさと身体を洗った。

 次の日の朝。二人で同じ布団を使っていたリゲルは、機械の着信音で目が覚めた。設置したアンテナが電波をキャッチしたんだ。慌てて機械に飛びついて受話器を取る。

 「はい、澤田です」

 『おはよう澤田くん。塚原だ』

 「おはようございます。どうしました? 定期連絡はまだのはずですが」

 『うむ。突然のことでなんだが、その監獄塔は廃棄することになった。無論、囚人たちも一緒にな』

 「は? 廃棄なんて、なにかあったんですか」

 『実は世論がな、騒ぎ出してな。政治家も無視できなくなったのだ』

 「ふざけてますね。どうせ、自分たちが不幸だからって粗を探してつついてるんでしょう? 幸福度ランキングって今年どれくらい下がりました? こっちは皆、スマホもパソコンも無いのに幸せに暮らしてますよ。SNSなんて見ないから、自分の時間をしっかり生きてますからね」

 『持つ者よりも持たざる者のほうが幸福だというのは、皮肉なことだな。ともかく。まだ本決まりではないが、必要なものは既に送ってある。最新の生物兵器だ。後で詳細を送る』

 リゲルが返事を返す暇もなく、通話は切れた。届いたデータを開くと、生物兵器の特徴が書かれていた。

 暗闇とともに忍び寄り、速やかに処理が可能。光学兵器も備えており、視認が難しい。監獄塔全体の破壊には特殊個体を用意。子供の姿をした褐色の肌の無性生物。回収して決行日を待て。

 特殊個体とは、アメちゃんのことだ。言葉をしゃべれないのは当然のことだった。そういった機能は必要ないから与えられていないのだ。

 「まったく、嫌になる。リゲルとしてずっとここで暮らしたいよ」

 アメちゃんが起きてきた。起きたての脳で考えてもしょうがない。まずは、目の前のやるべきことをやろう。リゲルはキッチンに立った。

 「朝ごはん食べるか」

 「あぃ」

 監視員の澤田は、まだ塔の住人リゲルだ。その間はこの生活を満喫することにした。ここなら、誰かと比較することなく、自分の時間をちゃんと生きられるから。

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