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間引きの受付

短編

(クソが)

レジーは胸中では悪態をつき、腹の中は煮えくり返っていた。
冒険者ギルドはいつも賑やかだ。腕自慢の巨漢と魔法使いが次のクエストの打ち合わせをしたり、剣士とシーフがクエスト達成の打ち上げをしている。
荒くれ者の多い冒険者たちは喧嘩も多い。当然、冒険者ギルドでは揉め事が日常茶飯事だ。俺のほうが強い。この装備はすごい。最近生意気だ。そのクエストをよこせ。様々な理由で数多くの面倒事が起こっている。そしてその矛先がギルドの受付に向くことは珍しくない。むしろ頻繁にあるのだ。その対応をする受付の職員のストレスは非常に高い。

「だからよう! なんでこの俺が降格だってんだ!!」

(てめーが無能だからだろ)

冒険者ギルドの職員であるレジーはスキンヘッドの大男の応対をしていた。いつもいつも、文句や言いがかりをつけてくるこのスキンヘッドのことがレジーは心底嫌いだった。

(くっせー口だ。体臭も結構キツイぞ。風呂入ってんのか?)

レジーもプロだ。決して口にしないし表情にも出さない。仕事はちゃんとやる。だがそれはそれとして悪態は止まらない。

「ですから規定を破られましたので、これは相応の対応です。ギルドに加入した時の契約書にもはっきりと書かれていたことです。クエスト依頼者からドスキン氏への苦情も少なくありませんし、このままではクエストを受けることもできなくなる可能性もあるので注意してください」

荒れる冒険者に簡素なカウンター越しで対応するのは恐ろしいものだ。他の職員は男女問わず怯えてしまっていた。

「わけわかんねーこと言ってんじゃねー! いいから言う通りにしろ!」

「ですから、それは出来かねます」

受付の中でレジーだけが怯えずに堂々としていた。頭は下げるし態度も大きくない。末端の職員ができる最大限のことをしていると言える。だが、それはドスキンには伝わない。自分の思い通りにいかないことは気に食わないし頭にくる。今も額には青筋が浮かび、声を荒らげて唾を吐き散らかしている。
木が砕ける音。脆く軽い木が踏まれて折れるような音ではなく、硬くて丈夫な木材が強い力で破壊された音だ。カウンターの天板にドスキンの拳が突き刺さっていた。冒険者の中でも中級レベルの実力を持ち、見てわかる通り筋骨隆々の肉体が生み出すパワーは突出していた。ドスキンからすれば、日々戦っているモンスターの硬い毛皮や鱗に比べればこんなものはなんてことはなかった。
レジーは拳がめり込んだところを指差した。

「これの修理費用も請求させていただきます」

ドスキンのスキンヘッドに浮かんでいた青筋がさらに浮かび上がり、顔がひきつった。
天板に突き刺さっていた拳を持ち上げて、今度は正面に突き出した。その行方はレジーの顔面だった。目的にたどり着いた拳は秘めたエネルギーをそのままぶつけて、レジーは後方に大きく吹っ飛んだ。
話し声も止みギルドが静まり返った。ドスキンは怒りの元凶を殴って少し気が晴れたのか、鼻息を荒くして帰っていった。
嵐が去っていったおかげで怯えていた他の職員がレジーに駆け寄る。

「大丈夫ですかレジーさん! 誰か治療箱持ってきて!」

木の床に血が垂れる。その出どころはレジーの鼻からだった。

「いてて、まったく野蛮だね。手を出すなんてさ」

やれやれといった感じで、レジーは鼻を押さえて起き上がった。

「レジーさん頭とか打ってないですか」

治療箱はすぐにやってきた。ギルドでは大小様々な怪我人がよく出るから自然と近くに置いてある。
急いで治療箱を持ってきた女性の職員が傍らでタオルやガーゼを取り出した。こういったことには慣れているせいか手際がいい。

「いやぁ大丈夫。大したことないよ」

女性職員から受け取ったタオルで血を吹く鼻を押さえる。心配そうにする周りの職員に手を上げて大丈夫のハンドサイン。その手にも血がついていた。タオルに少なくない量の血がにじむ。

「でも血がだいぶ出てますよ」

「見た目だけだよ」

「一応すぐ医者に行ってください。後は大丈夫ですから」

「でも仕事が」

大きな音を聞いて二階から誰かが降りて来た。慌てた様子の革靴の音が近づいて来た。

「何の音ですか?! あぁレジーくん血まみれじゃないか! 今日は早引きして結構ですから早く医者に行きなさい」

「支部長」

支部長と呼ばれた恰幅のいい中年の男は、現場の状況を瞬時に察してテキパキと指示を出した。

「立てるか? 一人で行けるか?」

「ええ、病院は向かいなので問題ないです」

「そのまま帰っていいからな」

少しふらつきながらも立ち上がって、少しの荷物を持ってレジーはギルドを出た。
こんな流血が起こるような騒ぎはたまにしかないが、冒険者ギルドでもめ事はいつものこと。暴力を振るわれる自体に慣れることはないし、問題が起こるのは心底嫌であるとギルド一同思っているが、もめ事や喧嘩にはすっかり慣れてしまった。必然、その事後処理にもオロオロしているような職員はもういない。しかし医療箱を持ってきた彼女はまだ働き始めて日が浅く、他の職員と違って事情をよく知らなかった。

「どうしてレジーさんばかりが、その、怖い人の対応をしてるんですか? いつも警告とか降格処分を伝えてるじゃないですか」

冒険者に不都合なものの通告はいつもレジーがしていた。ある時は高飛車な騎士に、ある時は手癖の悪いシーフに。厳格に、毅然とした態度で。

「あぁ、マイア君はまだ入ってから日が浅かったね。彼はああいった役を進んで引き受けているんだ。冒険者というのは気性が荒い者が多い。処分を言いわたすと激昂されるのも珍しくない。でも、仕事だからやらないわけにはいかない」

事務作業するだけであればひ弱な人間でも問題はない。しかしここは冒険者ギルド。力がものをいう実力の世界。力が強い冒険者を管理するのは容易ではない。

「そんな時に、本部のほうから彼が派遣されてきてね。手を出される可能性が高い業務を担当してくれることになったんだ。受け身とかが得意みたいで大した怪我もない。武術でもやってたんじゃないかな。一応いつも大事をとって病院に行かせてるけど。」

「へー、レジーさんてすごいんですね」

「そうだよ。もう彼がいてくれないと困ってしまうよ」

向かいの病院ではレジーが診察を受けていた。ここは冒険者ギルドと提携している病院だ。冒険者が多く、自然治癒では難しい怪我や呪いや病気を患った屈強な男たちが診察を待っている。女性は別棟だ。冒険者というのは欲望が強い傾向にある。男女で完全に分けていないと色々と面倒なのだ。

「特に問題はありませんね。軽症です。大きい血管が切れちゃったようですが、すぐに出血も止まりますので大人しくしてれば大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

診察したのは若い男の医者だった。眼鏡をかけた知的な印象で、しかしどこか気の抜けたような感じの青年だ。

「しかし最近来るのが多いですね」

「クエストが多く発行されていましてね、その分トラブルもあるのです」

「たしか、モンスターの大量発生でしたか」

「ええ、たまにあるんです」

レジーはいつもこの医者に診てもらっている。かかりつけの医者というやつだ。冒険者なら怪我も多く、医者は頻繁に彼らの診療をする。冒険者でもない一般人であるレジーをこんなに診察するのは珍しい。いわゆる堅気の患者はここでは中々いないため自然と話しかけていって、こうしてそれなりに話す仲になった。
腰を上げて帰ろうとするレジーを医者は引き止めた。

「ああそうだ。例のあの薬は来週には手に入りますよ」

「ああ、いつもありがとうございます。では来週取りにきますね」

鼻に詰め物をしたまま、まだ太陽が上のほうにある空の下で帰路につく。賑わいのある市場を通り、用水路が流れる抜け道を抜けて、ジグザグとした経路をたどり自宅に着いた。レジーの家は隠れ家のようなあまり目立たないところにある。小道をあっちへこっちへ通らないと辿り着けない。これだけ変なところにあるから家賃が安い。レジーは住むところに贅沢なこだわりは無かった。集団住宅の借家だが、それぞれの部屋がどこも違う方向に窓があって完全に独立していて住んでる感覚としては一軒家に近い。他の住人とばったり会う機会も少ないから住み心地はとてもいい。奥まったよくわからなところにあるのも、インドアで用が無ければ引きこもって過ごすレジーにはグッドだった。
鼻血は家に着くころには止まっていたから詰め物をゴミ箱に投げ入れた。自宅に入るとレジーはすぐにベッドに入って寝てしまった。そしてそのまま夜を迎えた。

レジーが住む街は国の中でも五本の指に入るくらいに栄えている。さすがに首都には劣るが、人も物も多く集まるこの街は活気に溢れて夜になってもその賑わいは治まらない。市場は少し落ち着いてきたが、それに反比例して飲食店が立ち並ぶ場所は人が増えてきた。この場所は夜になると飲み屋街へと変わる。昼間には定食を出していた店が、酒とつまみを出すようになる。女性が接待をする店も開き始める。
冒険者は飲み屋街をよく利用する。受けているクエストがある場合は影響が出ない程度にして羽を伸ばし、今日も生き残ったと仲間を祝杯をあげる。意外な事に泥酔するまで飲む冒険者は少ない。二日酔いなんてすれば命の危険があるからだ。命の危険がある職業だからこそ、コンディションに影響がないように気を配っている。つぶれるまで飲むような冒険者は次の日にクエストを受けない者か、愚か者だ。
クエストを達成するには力が必要であり、力が強い者は粗暴な輩が多い。しかし、ただ力が強いだけでは冒険者のランクもすぐに頭打ちなる。さらには降格することもあるだろう。
ドスキンは飲んでいた。それもかなり。空けた酒瓶の数は人間の両手では足りなくなっている。レジーを殴った後に昼間でも開いている酒場に入り、その時からずっと飲んでいる。泥酔とまではいかないが、正常な判断ができない程度には酔っていた。

「おう、あんたそのへんにしときな。明日に響くぜ」

酒場の店主がカウンターに突っ伏すドスキンに声をかけた。酒場の店主はドスキンよりも一回りは大きかった。服に隠れていない顔や腕にいくつか大きな傷が刻まれている。事故で負ったようなものではなく戦いの中で受けた傷だ。
この酒場は元冒険者が営んでいる店だ。引退した後、酒を飲むのも集めるのも好きだったことと、後輩たちの様子を見たい気持ちから始めたらしい。

「うるせーもっとよこせ! まだまだ酔い足りねーんだよ!」

ドスキンは暴れそうな勢いでわめいた。レジーを殴っても、酒を大量に飲んでも不満は解消されない。
他の客が突然の大声に驚いて何事かと様子を伺っている。

「お前らもなに見てんだ!」

悪酔いをしているドスキンはついに周りに当たりだした。

「どいつもこいつもムカつくぜ! 喧嘩売ってんならなら買うぜ、オラ!」

見ていただけの若い三人組に近づき恫喝する。酒場は静まり返った。一番近くにいた青年の襟をつかんで軽々と体ごと持ち上げる。さすがにこれはまずいと、見かねた店主がカウンターから出てきた。

「たしかお前ら最近調子に乗ってるやつらだよなあ。あいさつも無しに飲んでいやがって、先輩への態度ってもんがなってないよなあ!」

勢いよく振り上げた拳は振り下ろされなかった。振り下ろせなかった。背後に立つ店主が腕をつかんで離さなかったからだ。店主の指がドスキンの右腕にミシミシと食い込む。

「そのへんにしときな」

腕の痛みに、たまらず襟を離した。持ち上げられていた青年は解放されて椅子に落ちてせき込んでいた。
店主はドスキンとは比べ物にならないほどの腕力で店の外にたたき出した。

「ほれ、代金分はもらっておいた。頭冷えてからまた来な」

そう言って巾着のような財布をドスキンに向けて放り投げた。中身は少なくなって、重量感はなくさみしくなっていた。
ドスキンは恨み節を吐いて街をさまよった。違う酒場に行こうにもさっきの店で飲み過ぎて金が足りない。

(昔はよかった。なんでも俺の想い通りになった。クエストはいつも順調に達成できた。狙った女はあっちから寄ってきたし、とっかえひっかえ何人も同時に楽しめた。金にも女にも困らなかった。地位もそこそこあったし名声もどんどん上がっていって、全部今よりも良くなるはずだった。それが今はどうだ? 女は寄り付かなくなるし、冒険者ランクは下がる。貯金なんてしてねーから昔よりも金がない。本当にムカつくぜ)

イライラは止まらず増すばかり。
夜も深くなり、飲み屋街も静かになってきて人もまばらだ。酒場から従業員だろう若い女が出てくるのが見えた。どうやら仕事が終わって帰るところのようだ。ドスキンは粘り気がありそうな笑みを浮かべた。

(上玉だな)

人前に出る仕事をしているおかげか、見た目に気を使っているようで髪はちゃんと手入れがされていて化粧も自然に見えるがバッチリされている。スタイルもよく、ウエストは細い。膝下ほどのスカートから伸びる足もスラリとした美しいものだ。特に目を引くのが主張の激しい胸部だ。たっぷりと中身がつまってそうなその部分は男の欲望を強く刺激した。
女の後をしばらくつけて、人の目が無くなったことを確認したドスキンは一気に距離をつめた。

「おい、そこの女ぁ。俺とあそぼーぜ」

後ろから肩をつかんで強引に呼び止めた。当然、いきなり体に触られて気分がいいはずもなく女は抵抗した

「なに!? は、離して!」

加えて今のドスキンは酒臭く、清潔感というものも無かった。そんな男にはどんな女もなびくはずがなかった。

「いいじゃねーか。いいことしようぜ」

「いや!」

抵抗する女の平手打ちがドスキンの顔に炸裂した。

「いてーなこのアマ! 下手に出てれば調子に乗りやがって」

想定外の抵抗に激怒したドスキンは女の髪を掴みあげた。悲痛にうめくのもおかまいなしし欲望のままに扱う。

「いい薬があるんだ。飲めよ」

ウエストバッグから取り出したのはガラスの小瓶に入った燃えるように赤い半透明の液体だった。目の前に持ってこられたものに、女は目を丸くした。
その正体に気づいてより強く抵抗するが、丸太のように太い腕からは抜け出せない。助けを呼ぼうと声を張り上げようとした瞬間に口をふさがれた。もうどうしようもない。

「こいつを知ってるみたいだな。気持ちよくなって意識がどっかいっちまう薬だ。よく飲むけど、気持ちいいぜ。プレゼントしてやるよ」

(気絶したところを今夜はこいつで楽しんでやる)

一部の許可された冒険者と限られた医者のみが扱うことが許されている薬。強大なモンスター相手に毒として用いられるものだ。人間に使う場合はごく少量を塗布する程度だ。

(欲しいものはこうやって手に入れればよかったんだ!)

醜悪な思惑。昔の栄光など影も形も見当たらない。輝いていた時代は遠い過去。積み上げたものも自分自身で崩すような愚者となり果ててしまった。
もう、救えない。慈悲はない。間引かなければ。
上から飛び降りたレジーは一瞬でドスキンの意識を刈り取った。女は訳が分からなかったが、一心不乱に逃げ出した。その際にレジーの存在には気づいたが、かまわず走り去っていった。
今のレジーの姿は昼間のギルドの職員としてのフォーマル格好ではなく、動きやすさを重視した夜の暗闇に紛れ込む黒一色の姿だった。
これがレジーの夜の姿だ。昼間はギルドの職員として働き冒険者たちの素行調査をして、必要なしと判断した冒険者を闇討ちしていた。冒険者だけでなく犯罪者はもちろん、権力者や一般人もその対象にしていた。
薬瓶が転がっているのに気づいたレジーはその中身をドスキンの口に一滴垂らした。これで意識が曖昧になり、さっきまでの出来事を現実か判別できなくなる。夢を見たと思うだろう。レジーはドスキンをそのまま残して音もなくその場を後にした。

翌朝。ドスキンは路上で目を覚ました。昨日の記憶が途中から曖昧でよく覚えていなかった。

「いてて。なんでこんなとこにいんだ?」

体が妙に痛むが、こんな硬い石の路上で寝ていたらそうなるだろうと気にしなかった。

「あーちくしょう。金がねえ」

財布の巾着袋を持ち上げてみたらしぼんでいいて軽くなっている。盗まれた訳ではなく、ちゃんと飲み食いした代金として無くなったことは覚えていた。
それにしても金が必要だ。ただでさえその日暮らしのような生活をしているのに、昨日はしこたま酒を飲んだせいでほとんど金が残っていない。ギルドに行ってクエストを受けなければ。

「チッ」

イラだっていることを隠そうともせず、舌打ちをついてギルドに向かった。
まだ朝早いこともあってか、ギルドの中は人がまばらだった。クエストが張り出されているボードを見てみると人がまだ少ないせいかボードいっぱいに張り出されていた。なにかよさげなクエストはないか探して見ると、一つ目に留まった。ウシ型モンスターの討伐クエストだ。しかも報酬も割といい。

(そういえば今の時期はこいつが繁殖するころだったな。報酬はいいが、ちと達成条件が厳しいな。ま、何度もぶっ殺したことあるし問題無ぇな)

そうと決まれば善は急げとばかりに受付に向かった。受付には昨日のムカつく野郎がいたが、ドスキンはそれには気づかなかった。応対したのは別の職員であったし、そもそも殴った相手のことはあまり覚えていなかった。
レジーの方はというと、特になにか思うこともなくドスキンを少し見ただけで自分の業務に戻った。昨日のことなど本当になにも無かったかのようだ。
クエストの受理を終えたドスキンはさっそく討伐に向かった。街を出て近くの森に出るから日帰りで十分だ。軽装でも問題ないと考え、武器と防具だけ持って行った。本来なら回復薬や罠に使う道具や毒をそろえて討伐に向かうのがセオリーだが、ウエストバッグにはまだ薬が残っているし、毒も少しあるから大丈夫だと思ったのだ。冒険者は油断こそが一番の敵だというのに。
街を出て森に入ると、さっそくターゲットの足跡を見つけた。幸先がいい。その痕跡を頼りに探すと、見つけた。討伐対象のモンスター、レギュエウスだ。獰猛は大型のウシのような見た目で、大きく尖った角で荷馬車を破壊してくる危険なモンスターだ。しかし、このドスキン様にかかればなんてことはない。この背中の大剣で真っ二つだ。見つけた一匹目を気づかれない内に死角から切りかかり、見事に一撃で絶命させることに成功した。やはりこのドスキンはすごいのだ。すぐさまもう一匹も見つけて、また同じように倒す。

「これなら午前中には終わるな」

調子がいい。さすがだドスキン。
自然と笑みが浮かぶ。こんなモンスターも難なく倒すことができるんだ。降格なんて間違いだ。

(このままいけば俺の評価も上がるに違いない。そうさ、俺はドスキン様だ。強い男だ)

次々と発見しては倒していく。証拠の首を切り取っていくのも忘れない。こんなに調子がいいなんて人生で初めてだ。まるで急に強くなったかのようだ。ドスキンは達成条件のラスト一匹を倒すころには、もはや踊りながら戦っていた。
鼻歌まで歌っていたドスキンは、大量の首を袋に詰めて帰り支度をする。邪魔な角は切り落として置いていくが、まとめて土に埋めておく。後で回収して売るのだ。今はクエストの達成が優先だから首だけ持っていく。さすがに全部持って行くには袋に入りきらないし重くて持って行けない。
けっこう奥まで来てしまったが問題ない。昼飯時くらいには街に着くだろう。さあ! 英雄の凱旋だ。ドスキンは意気揚々と袋を背負って街に向かって歩き出した。だが、やはり少し疲れが出てきた。さすがにあんなハイペースで戦えば無理もない。ドスキンは一本残っていた回復薬を一気に呷った。
ドスキンは街に着くまでもう少しというところまで来たのに、意識がひどく曖昧になっていた。物事を考えることもできなくなり、その足取りはふらついていて今にも転びそうだ。自分の体調の変化にも気づかず、気持ちのいい気分のままに、ただ歩いていた。ついには木の根っこにつまずいて転んだ。そのまま起き上がる気配はない。トロンとした顔で転んだことによる痛みもないまま、もぞもぞと身動きする程度のことしかしていない。
実は、レジーはドスキンの口に垂らした毒薬の残りはウエストバッグに入っていた回復薬に入れていたのだ。死体はなるべく残さないほうが人の迷惑にならないし、クエストの最中に死んでしまえば誰にも怪しまれない。冒険者にとって危険は日常であり、死とは隣り合わせの生活なのだ。加えてドスキンの最近の態度は悪く、冒険者の中でも嫌われていたところだ。誰もその死を悼む者などいない。もっとも、レジーはそういう人間しか狙わない。
意識がどこかへいってしまったドスキンの元へ、通常では考えられないほどの大きさのレギュエウスが現れた。同胞の血の匂いに引き寄せられて復讐に来たのか。モンスターに感情というものがあるのかは、意識があってもドスキンにはわからない。人間とモンスターでは根本的にあり方が違うため少しも分かり合えることはない。意思の疎通などできない。
現れた特大のレギュエウスは少しも歩みを止めることなく、そのまま直進していき、障害物があるという認識もない様子で、倒れたドスキンの頭を踏み抜いて、胴体を踏みにじり、骨が砕かれる音がしても気にせず歩き去っていった。
後に残された踏み潰された肉塊は、幸運なことに幸せな気分のままこの森の糧になることができた。

太陽は真上に昇り、街では住民たちが昼食をとっていた。自分で料理する者、外食をする者様々だ。この時間帯になると、屋台やレストランが多くある通りは人でいっぱいになる。
焼かれた肉。脂がとろけて舌の上でうまみが爆発する。レジーはベンチで肉を食らっていた。豪快に焼かれた肉をパンで挟んだサンドイッチだ。値段も手ごろで美味い。甘辛いタレと肉汁がパンに染み込んでいる。新鮮な野菜のシャキシャキとした食感と甘味が、このままだとクドい肉を食べやすくさせている。この街の名物の一つだと言えるだろう。

(もうそろそろ死んだかな?)

サンドイッチをほおばりながら考えるのは、あの忌々しいハゲのことだ。このまま今日一日姿を見なければ始末は完了だろう。

(さて、そろそろ戻るか)

最後の一口を放り込んで、空になったサンドイッチの包み紙を丸めてベンチから立ち上がった。
ギルドに戻ると、なにやらざわめいていた。冒険者がいつもより多く、落ち着かない様子だ。いったいなにがと、レジーは思ったが、その疑問はすぐに解消した。
クエストボードの前に金色の髪をポニーテールにした、大きな灰色のマントを羽織った背の高い女がいた。彼女の正体は新人でない限り、冒険者ギルドに関わる者ならば誰でも知っている有名人だ。『神剣のリオネット』男ばかりの冒険者の中で数少ない女性であり、さらには一番高いランクに属する正真正銘の超一流の冒険者だ。

(マジか、なんでこんなところに。うちじゃあ、あんたが満足できるような高難易度のクエストはないぞ。緊急の案件もないだろ)

レジーはギルドの職員であるが、リオネットほどの冒険者に会う機会は今までなかった。この街では凶悪で超がつくほど強い危険なモンスターが近くで発生することもない。一番の高難易度でも彼女なら片手間で済んでしまうだろう。辺境や地方の厄介なクエストは本部が取り扱っていて、支部には来ない。

「神剣いるけどなにかあったの?」

「あ、レジーさん。怪我大丈夫ですか?」

「問題ないです」

「それはよかった。いや、それが何もないのに急に来たんですよ」

「え、何にもないの? 緊急のクエストとか」

「ないです。さっき支部長が話しかけにいってましたけど、特に用事はないらしいです」

「用事がないってなんだよ」

(ギルドなんて用事がなければ来るようなところじゃないだろ)

カウンターの奥の事務所に戻って同僚に聞いてもよくわからなかった。支部長がわからないなら一般職員にわかるはずもない。気になるが、自分の仕事がある。昼休みもそろそろ終わる。仕事に戻らなければ。

「あ、次の受付当番レジーさんですよ」

受付は当番制だ。日ごとと時間ごとに順番に受け持つ。座って待ってるだけでではヒマな時もあるから仕事を持ち込んで行う。
冒険者ギルドは冒険者だけでなく、それ以外の人間も利用することがある。クエストの発注だ。こことは別で組合から書簡で送られてくることが多いが、一般市民が発注する場合は直接ギルドに来て手続きすることになる。そういう場合もこの窓口で受け付けている。クエストにも色々ある。モンスターの討伐や、鉱石や植物の採取。様々な理由で危険な道中故に商人や郵便が行けないようなところへ荷物を届けるようなものまである。人はどこにでも住んでいるし、どんなものでも必要とする人はいる。冒険者なんだってするしどこへだって行くのだ。
窓口にちらほら並ぶ人の姿が出てきた。クエストの受注手続きや発注手続きを次々としていく。

「次の方どうぞ」

「失礼。これを受けたい」

「はい、こちらです……ね」

列に並んでやってきたのは神剣のリオネットだった。まさか来るとは思っていなかったレジーは一瞬止まってしまった。

(クエストボード見てたけど、まさか受けるなんて思わないって)

「えっと、本当にこれでよろしかったですか? かなり簡単なものですが」

(配達のクエストじゃないか。道中そこそこ険しいけど、こんなの駆け出しがやるようなやつだろ)

「それで構いません」

どうやら間違いではないらしい。やりたいというならギルドとしては断る理由はない。

「それでは、こちらにサインをお願いします」

一応、死んでも自己責任という書類を書いてもらう。報酬の受け渡しや事務的な理由で書いてもらう書類もあるが、一番はギルドは責任を負わないという署名がなければならない。もっとも、リオネットには必要なさそうであるが。

「あなた、強いですね」

突然降りかかった言葉。レジーは凍り付いた。まさか自分の正体を知っているのか? いや、彼女は超一級の腕前を持っている。腕がいいということは目もいい。冒険者に限らず、戦う者は戦闘の最中に最も重視するのは武器でも自分のコンディションでもなく、倒すべき相手をよく見る。観察してどんな手があるのか、今の体の調子はどれくらいか、何を考えているのか注意深く観察して考える。そのため強者は見る目というのが非常に良くなる傾向にある。もちろんその中でも個人差はある。類まれな観察眼があるからこそ強い場合もあるし、圧倒的なパワーがある故に最低限の目あればいい場合だ。神剣のリオネットの場合は、聞こえてくる高い剣技を持つという噂から、こうしてレジーの実力を見抜いた事実から、確実に前者。ただ実力が高いということだけ見抜かれたのならいい。

(まさか、バレた? 悪人以外は抵抗あるけど……殺すか)

しかし自分の正体がバレると都合が悪い。その可能性は少しでも潰しておきたい。口封じのために殺害することを考えるレジー。

(いや、無理だ。こんな怪物、正面からじゃ殺せない。だからって闇討ちしても一撃じゃ殺しきれないだろうなぁ。そうなると戦闘になる。戦闘じゃ勝てない。毒を使っても多少は抗える耐性はあるだろうし、まだ息があるうちに戦闘になって相討ちだな)

レジーにも観察眼がある。リオネットを視て、自分の戦闘力と比べて殺害可能か考えるが、おそらく殺せても自分も殺されることになるという結論にいたる。

(さて、どうしたものか)

強硬策には出られない。いっそ、こっそりと記憶でも消せたらいいのに。消せたとしても再び会えば実力が知られてしまうが。

「冒険者だったんですか?」

「え? あぁはい。こことは別のところで少し」

(よし、このまま元冒険者ということにしておこう。実際ほんの少しだけどやってた時期もあるし)

渡りに船ということで乗っかった。それから手続きを踏んで、彼女は簡単な配達のクエストに行った。
討伐クエストは、証拠の体の一部をギルドに持ってこなければならない。体の一部は一番分かりやすい首が一般的だ。他の部位だと、討伐対象なのに判別ができず認められないことがある。それ以外のクエストに行けば、冒険者はギルドには帰ってこない。クエストが達成されたことを依頼主が確認すればギルドの口座に入り、後日冒険者が受け取りに行く形になっている。配達クエストに行けば直帰なのだ。それなのにリオネットは夕方にギルドにやってきた。

「一緒にクエストに行きませんか?」

レジーのところにやってきてクエストのお誘いをしてきた。ちなみに冒険者の間ではこういったやり口でのナンパがあったりする。

「お断りします」

「でも強いじゃないですか。その強さ、見たいです」

「職員の仕事がありますので」

「じゃあ休みの日にでも」

「休みの日は私用があるので」

レジーの強さが彼女の琴線に触れたのか、熱烈に誘う神剣のリオネット。当然、有名人がそんなことをすれば目立つが、今の時間はギルド内にいる冒険者はあまりいない。職員もほかの仕事に行っているせいでレジーだけだ。

「では、また今度誘います」

そう言って帰っていった。のらりくらりとかわしていたが、なかなか引いてくれなかった。ようやく今日のところは帰ってくれたが諦めてはいないようだ。

「なんであんなに誘ってくるんだ」

その疑問に答えは探しても見当たらなかった。もう帰ろう。今日の分の仕事は終わったしそろそろ閉める時間だ。ギルドの業務は夜にはやっていない。緊急で招集されることもあるが、基本的に日中のみだ。わざわざ夜にクエストを受ける冒険者も発注する人間もいない。道すがら屋台で買った串焼きやピザを食べながら帰宅。今日も疲れた。さて、趣味の害虫駆除にでも行くか。帰って早々に闇に溶け込む服に着替えた。
今日のターゲットが映った写真を取り出した。最近開発された、魔法の力が込められた写真機というもので風景を写し取った精巧な絵だ。これは便利でよく下調べによく使う。屋敷の設計図と家族と使用人の顔と人数を頭に叩き込んで、全てが寝静まる時間まで武器の手入れをして待つことにした。

☆ ☆ ☆

さて、今回暗殺するのは市民の大切な血税を湯水のごとく無駄遣いする政治家になります。権力も悪用して身内の犯罪をもみ消すようなヤツですから、お亡くなりにするにはちょうどいいですね。今日は肉を切っていきたいので刀を用意します。扱うのに慣れが必要ですが、使えるようになると大抵のものは切れるようになりますから大変便利です。さっそく獲物の住みかに潜入しましょう。今日は自宅の屋敷にいるはずです。家族も暴言を吐いたり、立場の弱い人間に暴力を振るうようが人間性を疑うようなモラルがないクソなので一緒に殺っちゃいます。はい、こうして足腰を鍛えていれば簡単に誰にもバレずに目標の家の屋根に乗ることができます。生意気にも警備を雇っていますが、死角である屋根にいれば問題ありません。やたら大きなバルコニーに降りて、窓ガラスを持ってきた刀で目にも留まらぬ早さで四角いガラスを作るように切ります。この時、なるべく窓の鍵の近くにしましょう。そうしたら、切った部分をおもいっきり刀の柄で打ちます。部屋は全て分厚いカーペットが敷いてあるので、割れる心配はないです。空いた四角い穴から手を伸ばして鍵を開けて侵入しましょう。侵入経路は同じように屋根に穴を空けて屋根裏から入るのもいいですが、今回はあまり大きな音を立てたくなかったのでこっちのやり方にしました。やりたいことや家の中の家具の配置、状況によって使い分けましょう。無事に侵入成功したらあとは気配を探って人がいる部屋に入りましょう。事前に家族構成は把握して関係ない人は殺さないように注意ですね。一番近くの部屋にドラ息子がいるようです。さっそく入ってみましょう。ドアを開くのは最小限に極力小さな隙間から入ります。意外な事に音も無く入れば人間は気づかないものです。おや、どうやらお休みみたいですね。しかも三人の裸の女性と一緒です。こちらは家族のリストにないので無視します。衣擦れの音に気をつけて速やかに首を切断。居合切りで骨までスパッといけました。気持ちがいいですね。さあ次に行きましょう。今度は奥さんの部屋のようです。こちらも寝ています。息子と違って一人ですが、部屋のいたるところ宝石が飾ってあって大変趣味よろしいようです。こんな部屋で永眠できるのなら本望でしょう。最後に本人を探しますが見つかりません。家族も使用人も全員見つけたのですがおかしいですね。こういう場合は一階を集中しながら歩き回ってみましょう。地下に気配を感じました。やはり設計図にも描かれていない秘密の地下室があるみたいです。設計図を見て不自然な空間がないか確認しましょう。無ければ設計図と実際の間取りを見比べて不自然なところや、少し違うところを探します。ありました。設計図にはありませんが、三階の書斎と隣の部屋の間が不自然に離れています。二階も一階も同じように部屋と部屋が離れています。書斎が入り口で、地下に下りていく階段があるのでしょう。本棚を動かすと思った通り階段がありました。かなり下りていきますね。地上三階分と地下一階分下りてもまだあります。もう一階分下りると、隙間から明かりが漏れる鉄の扉がありました。耳をすませると女性の悲痛なくぐもった声と鞭打ちの音が聞こえます。血の香りします。どうやら拷問が趣味のようですね。
「ふう。この前は左腕だったから、今日は右腕を切り取っちゃうぞ! 明日は右脚で次は左脚で、最後はお目目をくり抜いちゃうぞ!」
これはいただけませんね。今日は切る役は一人だけなのです。もう面倒なので鉄の扉をバラバラに切って突入します。鉄の破片が重力で崩れ落ちる前に突進で部屋に入り込み、その後は一回の踏み込みで政治家の男をダルマ状態にします。女性を拘束している器具も切って解放してあげます。治療魔法に多少の心得があるので女性にかけてあげます。本来は患部にのみ魔法をかけますが、これだけ全身に傷があると一か所ずつやるのは手間なので体全体にかけておきます。すると、なんてことでしょう。血も滴るボロボロの女性が一気にお肌はゆで卵のようにツルツルになり、適当に刈られたり燃やされた髪もつやのある黒の長髪になりました。左腕も止血のための包帯を押しのけてぐんぐんと伸び、完全に元通りになりました。そこには拷問されていた見るも無残な女性はいなくなっていて、代わりに絶世の美女がいました。伸びた前髪が邪魔ではっきりと見えませんが、隙間から覗かれる顔のパーツは大変整っています。裸で拘束されていたので、とても妖艶です。このままだといけない気持ちになってしまうので、ダルマの処理に頭を切り替えます。拷問してから始末したいですが、人の前でやるのは気が引けます。しょうがないので、暴れる男の襟を掴んで上に運ぶことにしました。うるさいので、タオルをかませて後ろで結んでおきます。手足があったところを止血して、解放してあげます。一生懸命に逃げますが、足がないためとても遅いです。芋虫のようで愉快ですね。刀で切りつけながらゆっくり追いましょう。獲物を弱らせて狩るハンティングのように一気に仕留めません。必死に助けを呼びますが、家族はすでに始末しました。念のため、殺さなかった使用人たちには一日は絶対に起きない薬を飲ませておいたので安心ですね。あ、階段を転げ落ちていきました。腕がないので、転んでも手をつくことができないのでまともにぶつかってしまうのでとても痛そうです。しばらく様子を見ることにしました。それからも頑張って這って転がって移動していきました。階段を全て下りるころには全身打撲で顔にも青あざがいっぱいです。手足がないのにこんなにも頑張る姿はとても感動的で、こんな物語があれば感動を禁じえません。感涙です。ハンカチはぐしょぐしょになって使いものにならなくなってしまいます。玄関を目指しているようです。外に出れば警備の人がいるので助けてもらえます。玄関までもう少しです。もう少し頑張れば助かることができます。こんな体になってしまったけど生き残ることはできます。生きていれば勝ちです。あと少し、あと少し。すりガラスから月の光が入り込む玄関が見えました。尺取虫のように額を床にすりつけて、前は見えないけれど、うめき声が漏れても、一心不乱に進みます。頭が何かにぶつかりました。ついに玄関にたどり着くことができたんだ! 希望を持って顔を上げると、そこに立っていたのは男の手足を切り落としたレジーでした。頭にぶつかったのはレジーの足だったのです。男の顔は一瞬で絶望に染まりました。レジーの顔はマスクでわかりませんが恍惚としていました。刀を片手で下から上に振り上げれば、男の頭は顎から頭のてっぺんまでパッカリ半分になりました。以上で暗殺は終了です。お疲れさまでした。

☆ ☆ ☆

「ふー」

帰ってきたレジーは仕事を終えた一服を楽しんでいた。明かりもつけず、夜空を眺めて葉巻を吸って酒を飲む。手入れが終わった刀の柄を撫でる。そうすればあの感覚がよみがえる。首や手足を断つあの感覚が。別にそれが好きというわけではないが、悪人であれば別だ。世の中が少し良くなって気分がいい。やっぱり掃除は心が洗われる。調子に乗った悪人が絶望する顔も最高だ。掃除の後の葉巻と酒、これ以上の娯楽は知らなかった。レジーは今夜も気持ちよく寝ることができた。
昼間の仕事も特に嫌いではない。同僚も上司もいい人だし、クエストを見ていると街や周辺の環境の状況がわかってくるから面白い。何を討伐してほしいかで、何に困っているかがわかって何が不足したりどこで影響が出てくるとか。例えば凶悪な川に住む水棲モンスターの討伐クエストが出れば、農作物に影響が出る。作物は川の水で育てるからモンスターの種類によっては大変な被害が出る。商人が緊急クエストを出せば商品の価格に影響が出る。だったら冒険者になればいいと思われるが、そうなるとこの支部以外の情報は入ってこない。本部で起きた事件や受理した大きいクエストは職員でないと知りえない。それに、冒険者をやるよりもギルド職員のほうが夜のターゲットによさそうな、救えないヤツを見つけやすいのだ。
今日は朝から受付当番だ。そして、今日もレジーはリオネットと出会う。

「これをお願いします」

またもや簡単なクエストだ。レジーなら片手で倒せるモンスターの討伐だ。

(ここに移り住んだのか?)

昨日はレジーは休みだったため、ギルドに来ていないからリオネットがクエストを受けたかは知らない。だが受けていたのなら、もう三日になる。本部のある首都に住んでいる彼女が旅行以外で離れるとは考えづらい。旅行ならクエストは受けないだろう。受けたとしてもほんの気まぐれと考えられる。こう何度も受ける理由はここに住んでいるからとしか考えられない。それでは簡単なものばかりという理由が説明できない。

「一緒にクエストに行きませんか?」

(またか)

「あの、なぜこんな支部の、それも簡単なクエストを受けるんですか? あなたなら本部でもっと報酬が高いクエストを受けたほうがいいと思うんですが」

思い切って聞いてみることにした。別にしつこくてイライラしているわけではない。レジーはそこまで子供ではない。単純な疑問だ。そもそも、彼女はなにか理由がなければこんなところにいるような人間ではない。

「噂を聞いたんです。高い技量を持ったすごく強い人がいると。それなら戦うところを見てみたい。手合わせしたい。探してみたけど、強い人は見当たらなかった。あなた以外には」

リオネットの視線は熱がこもっていた。

(こいつ、戦うのが好きなタイプだ!)

たまにいる戦闘凶。そういった輩は大抵殺人も好きなクズであるが、リオネットは珍しい真っ当なタイプ。つまり、レジーとは相性が悪い。レジーの信条は、殺すのはゴミカスのみ。レジーにとって殺人とは掃除だ。極力善人は殺したくない。必要なら迷いなく殺すが、できればしたくない。

(いいヤツなんだよなぁ。できれば殺したくない)

最初はバレたら殺すと思っていた。だが、昨日適当にぶらついていると人助けをするリオネットを外で見かけた。重たい荷物を持つ老人を助け、転んで泣いている子供を慰めていた。ほかにも行く先々で彼女の善行を見ることができた。喧嘩の仲裁もしていた。二階から落ちてしまった植木鉢を間一髪で受け止めて持ち主に返していた。おかげでこの街の人気者だ。

(そうだ、逆に仲良くなろう。信頼があれば疑われることもない。)

信頼とは疑いの反対だ。問題は、ぼろを出さないことだ。もし一度疑われてしまえば、再び信頼を築くことは難しい。

「わかりました。一回だけですよ」

しぶしぶといった感じを出して了承した。喜んでだとか、是非なんて言ってしまうとよくない。あくまでも、しょうがないなといった感じがいい。こちらの立場を少しでも上にするのだ。

「やった。よろしくお願いします。じゃあこれにしましょう」

そう言ってリオネットが簡単なクエストと交換するように出したのは、この支部ではひさしぶりの高難易度クエスト。本部にあってもおかしくないようなものだ。

(ちょっと待て! さっきのやつじゃないのか)

レジーはてっきり、今出していた簡単な討伐クエストのことだと思っていた。誰もそんなことは言っていないのに。

「言ったことは、取り消せませんよ」

やられた。所詮は口約束だ、どうにでもなることではあるがレジーは負けたと思ってしまった。敗北感を感じたのだ。人間は敗北感を感じてしまえば、勝者との約束は成し遂げなければならないものと感じてしまう。つまり、うまいことやられたら文句を言いづらいのだ。
レジーはしてやられたという顔をしていて、リオネットはしてやったりという自慢気な顔だ。

「いつ行きます?」

「よ、四日後で」

次の休みの予定が決まってしまった。そして今は朝だ。人が大勢いる。神剣のリオネットが男を誘ったと噂になるのに時間はかからなかった。
レジーはあれから同僚にからかわれたが、それよりも心配のほうがされた。彼らはレジーが戦えるとは知らない。受け身はやたら上手いが、戦闘のほうは見たことがない。神剣がついているから大事にはならないだろうけど、それでも心配してくれている。やっぱりいい人たちだと痛感する。一方、冒険者からはメンチを切られたり、絡まれたりした。リオネットは美人だからだろう。レジーはこういった冒険者のことが心底嫌いだった。

(全員殺してやろうか)

やさしい同僚たちには心を洗われていたが、冒険者には殺意を持っていた。
なんだかんだと四日後。約束の日だ。クエストの受理はレジーが行った。自分で行くクエストの受諾手続きを自分で行った職員は全ギルドでレジーだけだろう。
すでにギルドでの手続きは終わっているため、待ち合わせは街の門だ。

(色気のないデートだな)

女性と待ち合わせをしてどこかへ出かけるなんて、デート以外のなにものでもないだろう。しかしこれから向かうのはおしゃれなカフェでもなく、素敵な公園でもなくモンスター討伐。冒険者はこれをデートと言うらしいが、あいにくレジーは一般人の感覚を持っている。これは断じてデートではない。
待ち合わせ場所にはもうリオネットがいた。可愛らしい私服なんかじゃなく、実用性重視の軽鎧に大きな灰色のマントだ。得物は刀だ。

「……」

こういう場合はお約束を言うべきなのだろうかとレジーは迷っていた。

(服装は褒めなくていいよな)

そもそもこれはデートではない。レジーの強さをリオネットが見たいだけだ。余計な事は気にしなくてもいい。

「行きましょう」

リオネットのほうはレジーが到着するのを確認したらすぐに行ってしまった。

(気にしてるのは俺だけか)

今回の討伐対象はヘベリケルドラゴンだ。近くの火山に住みついてしまって、噴火を誘発させるらしい。もう何度も小さな噴火は起きていて、溶岩が流れて麓の森にまで達すると大火事になってしまうため、その前に討伐してほしいということだ。
ヘベリケルドラゴンは鱗がとても硬く、生命力も非常に強い。ドラゴンだけあって炎も吐く。首だけになっても動くとも言われている。生半可な実力では太刀打ちできないモンスターだ。
今回のレジーの装備はショートソードを二振りだ。基本的になんでも使いこなせるからその日の気分で武器を替える。服装は適当な動きやすい服だ。暗殺の時の格好ではなく、本当にその辺の適当なものだ。鎧さえつけていない。

(さっさと帰りたい)

火山までは少しかかる。早く終わらせたいレジーは走りたくてうずうずしていた。その気配を感じとったのか、先を行くリオネットの歩調がだんだんと速くなる。レジーはそれについていく。だんだんと速くなっていき、そのうち馬よりも高い速度に達していた。平均的な冒険者はこんなに速く走れない。高すぎる二人の身体能力がそれを可能にしている。
リオネットは、自分についてこれるかどうかは正直わからなかった。今出しているスピードはすでに人間の領域を超えている。それなのに、レジーは難なくついてこれている。息が切れている様子もない。こんなことができるのは自分と同ランクの冒険者くらいだ。それを冒険者でもないギルドの職員ができている。まだまだ世界は広いと、感動していた。自然と口角が上がる。
森の中を猛スピードで疾走する二人。その間に言葉はない。リオネットは余計な事を言って実力を隠されてしまうのを嫌って、レジーは用もないのに話しかけることはしない性格だった。
途中で見かけた駆除対象のモンスターはリオネットが通り魔のごとく、すれ違い様に命を刈り取っていった。

(さすがに強いな)

その剣技にレジーは舌を巻いた。同じ結果なら自分でも出せる。常人では見えない剣速で命を奪える。しかし、自分の目でもはっきりと見えないあの速度は出せない。それと明らかに剣筋が鞭のような軌道を描いている。なめらかな曲線を描くことはできるが、あんなしなりはできない。正に神剣。やはり、自分よりも強い。
いくら距離があっても、森の中をこれほどのスピードで走っていれば昼飯時を待たずに目的地に到着できる。ここがヘベリケルドラゴンが住む火山だ。噴火の影響か山肌に緑は全くと言っていいほどない。ゴツゴツとした岩肌ばかりで、多様な生物が住むような山ではなさそうだ。

「けっこう高いな」

この火山は低い雲なら十分に届くくらいの高さはある。登るのに常人なら少し苦労するような高さだが、この二人であれば散歩にもならないだろう。

「ヘベリケルは頂上にいますよ」

リオネットが大きく跳躍して一気に小さくなった。その後にレジーも続いた。
岩ばかりで生物の影は少しも見当たらなかった。凶悪なモンスターが縄張りとしている山だ。元々住んでいた動物たちも恐れて逃げ出してしまったんだろう。古い痕跡なら見つけることができた。

「もう気づいてるでしょうね、俺たちに」

「そうですね。どこかに隠れてこちらを伺っているんでしょう」

ヘベリケルドラゴンは強くて頭もいい。用意周到に得物を追いつめて狩りをすることも珍しくない。それなのに普通に戦っても強いのだから手を焼く。文句なしの高難易度だ。

「では、私が後ろにつきますので初撃はお願いします。あなたの実力を見せてください」

(視られるのはなれてないんだけどな)

普段は暗闇から一撃必殺を心がけているため、レジーは戦うところを見られない。むしろ見せない。暗殺者は誰かに見られるようでは二流だ。

「わかりました。でも、がっかりしても知りませんよ」

ショートソードを背中から引き抜いて臨戦態勢に入った。
レジーは暗殺を得意としているが、生粋の暗殺者ではない。元々の戦闘スタイルは目にも留まらぬスピードを活かした、相手を翻弄する高速戦闘だ。
気配は最初から感じ取っている。ここはもう山の七合目あたり。山頂まで一息もいらない。リオネットが見せた大跳躍よりもはるかに高く、レジーは跳んだ。真上に向かって。ヘベリケルドラゴンはずっと、こちらを見下ろして観察していたのだ。頑丈な上に色の変わる鱗によって空に溶け込んで見つかりにくくさせる。
二振りのショートソードで皮膜を切り裂いた。

「おっも」
分厚い革をいくつも重ねたものを切ったような感触が剣を通じて手に伝わる。やわらかいようでかなり硬い。こんなもので飛ぶのだからドラゴンというのはすごいものだ。だが、これでもう飛ぶことはできない。
ヘベリケルドラゴンとともに落下する。こんな高度でもレジーは無事に着地できる。それはこのドラゴンも同じだが、今回は無事ではいられない。下では神剣のリオネットが待ってるのだ。この世のどこよりも着地に向かない場所だ。
刀を構えるリオネット。それを目にするヘベリケル。命の危険を感じ取ったのか、大きな咆哮を上げた。炎を吐いてはいない。苦し紛れの叫びでもない。これは、噴火だ。竜の叫びを合図に火山は噴火した。

(でかい!)

溶岩が山を下って森に触れればアウトだ。このクエストは達成できない。リオネットの注意が奪われてしまった。
どんなに強くても、一瞬気を取られることはある。強者同士の戦いにおいて、その一瞬こそ命取りになる。ヘベリケルは体勢を立て直し、恐ろしい爪をリオネットに向かって振るった。だが、彼女は強者の枠に収まるような者ではない。よそ見をしつつ、爪を千切りにした。さらにはレジーが、背中を硬い鱗の上から右手に持った剣を奥深くまで突き刺した。突然の痛みに鎌首をもたげて絶叫するヘベリケル。その叫びは左手の剣ですぐさま止められた。振るわれた刃は、綺麗に首を両断した。地面が揺れて土煙を上げて、重量感のある音が響いた。とてつもない生命力でまだなんとか噛みつこうとする首は、リオネットが頭蓋に刀を突き刺すことで黙らせた。
ヘベリケルドラゴン討伐成功。

(さて、もう一仕事かな)

見たいものが見れたと、リオネットの目は爛々としていた。だが満足はしていない。まだ、なにかを期待しているような顔だ。溶岩は勢いよく流れている。衰える様子は全くない。彼女が期待しているのは、レジーがこれをどうするのかだろう。それを見たいがために、彼女は動かない。クエストが達成できるか、できないかなどどうでもいいのだろう。ギルドとしては、このような形での失敗は最悪だ。レジーがやるしかない。

(手の内を見せるのはなるべく避けたいんだが、仕方ない)

リオネットならば剣一本でどうにかしてしまうだろうが、レジーにそんなことはできない。レジーの強みは手数だ。どんなものも、高いレベルで修めている。剣術も体術も魔法も。
ショートソードの先を魔法の発動支点に指定する。魔法は棒状のものの先からの方が出しやすい。人それぞれ好みや効率は違うが、レジーはもっぱら剣先から繰り出す攻撃魔法が得意だった。
生み出すものは純粋な力と水。それを周囲の空気を巻き込んで、螺旋状に出力する。これから出す魔法はレジーが愛用するもの。膨大な水と強大な風による圧縮された大嵐。より殺傷力を高める場合はこれに冷気を混ぜて氷の嵐にする。

(大サービスだ! 全力でやってやる!)

溶岩の津波に追いつき、追い越し待ち構える。火口から飛び出した溶岩は、水が溢れたコップのように一方向に向かって流れていない。四方八方に火の川を形成している。青い光を発する剣先を突き出す。口に出す言葉はこの魔法の発動キー。

「ザウバア」

放たれた水流は山肌を削って溶岩を押し返す。水に触れて冷えて固まったものは、高い水圧に耐えきれずバラバラに砕かれた。水流の軌道は流れる溶岩を残さず追うように這っていく。その様子は巨大な蛇がとぐろを巻くように火山を覆い尽くしているようだ。最後に水蛇の頭は火口に向かって突っ込んでいった。

「このまま蓋をしてやる」

冷えて固まった溶岩が火口を埋め尽くした。すっかり冷えてしまった火山は完全に休止状態になり、今後しばらくは噴火することはないだろう。
ちゃっかりヘベリケルの首を回収したリオネットが、いつの間にかレジーの背後にいた。にんまりとした笑っている。どうやら満足したようだ。

「お手合わせ願います」

「嫌です」

「冗談です」

「……」

そうは聞こえない。疑うレジー。

「今度やりましょうね」

「やりません」

ほらやっぱり。

「早く帰りますよ」

レジーは早く帰りたかった。こんなところ、長居するような場所でもない。

「ちょっと待ってください」

先を急ごうとしたレジーは声をかけられて振り向いた。

「女性にこんな重いもの持たせるんですか?」

そこには、ヘベリケルドラゴンの大きな首を両手をまっすぐ上に伸ばして持ったリオネットがいた。血も滴っている。首は大きく、彼女が膝を折って体を丸めたくらいの大きさがある。重さはそれ以上だろう。首から落ちた血が彼女の頭を濡らしている。

「そんものを持てる女性を私は存じ上げません」

「いいえ、存じているはずです。ここにいます」

「知らないです」

逃げるように走り出した。ものすごいスピードでドラゴンの首を掲げた女に追われる男の構図ができあがった。

職員の仕事に戻れば同僚たちのねぎらいがあった。いかに神剣が着いているといっても、高難易度の討伐クエストに素人のギルド職員が同行するのは自殺行為だからだ。彼らは難易度を決めるギルド側の人間だ。その危険性はよく分かっている。

「レジー君、大丈夫だったかいい?」

「あ、おはようございます。支部長」

「怪我があるようだから休み、いるかい?」

「いえ、いたって健康体で傷一つないので大丈夫です」

「それならいいんだけど、なにか違和感があったらすぐ言うんだよ」

「ありがとうございます」

支部長は心配性だった。
レジーはしばらく平和な日常を謳歌できていた。リオネットが本部から呼び出されたのだ。どうやら緊急の高難易度クエストが出たらしく、神剣の力が必要ということだ。
レジーはあのヘベリケルドラゴンの討伐クエスト以降、冒険者からは金魚の糞のような扱いを受けていた。元々素行の悪い冒険者からは下に見られていたが、より一層当たりが強くなった。もちろんそんな冒険者などごく一部だ。ほとんどの冒険者は、ただのギルド職員と冒険者という関係でクエストの受注の時のやりとりしかしていない。だからこそ気に障るということもある。ごく一部の冒険者は、クエストから帰って来ない者が続出し、さらにごく一部になった。
レジーの情報収集は自力で行うことが多いが、時には他人を頼ることもある。悪いことをしている悪人は大抵誰かに恨まれている。裏の世界で懸賞金がかかっていたりする。たまにそういうヤツをターゲットにして、臨時収入を得ているが、レジーの信条に従ってターゲットを選んでいるから、必ずしも賞金首がお眼鏡にかなうわけではない。遠い土地にいる場合も多いから、むしろ賞金首を狙う頻度は少ない。この街にいるというのも条件の一つだ。ギルド職員としての仕事があるから遠出はできない。賞金首リストを新しく購入して、家でゴロゴロしながら良い感じのゴミクズがいないか眺めていた。

「マフィアか……」

目に入ったのは、ゴズミクファミリーというマフィアのボスだ。レジーは紙の束を引っ張り出してきた。そこには、二日後にこの街でゴズミクファミリーの大きな集会があるということが書かれていた。マフィア関連の情報は知り合いから買っている。つい昨日、資料の紙束を渡されたから、軽くしか読めていない。

「やるか」

ゴズミクファミリーは生粋のゴミクズだ。堅気に手を出さない、なんてことはない。むしろ善良な市民に手を出して稼いでいるらしい。危険な薬と奴隷の売買が中心らしい。薬は通常の中毒性のある頭がバカになって幸せな気分になるものから、死ぬよりひどい目にあうようなものまである。奴隷はその辺の村や街から仕入れていて、薬漬けや改造をしたものが目玉商品のようだ。非人道的すぎて、奴隷商人でもさすがにこんなことはしない。他ではないから競合がいなくて売れているのか。

「うえ」

レジーもあまりのことに気持ち悪くなってしまった。資料には写真もあった。それを一瞬だが見てしまった。人間をおもちゃとしか考えていないのか。おもちゃでももう少し大切にする。

「さすがに、これは」

暗殺や拷問もするし、自分が人道から外れていることは理解している。そんな自分でもこれは想像もしたことがない。今まで掃除してきた悪人も、こんな酷いことをしているやつはいなかった。

「皆殺しだ」

決めた。絶対に根絶してやる。こんなヤツらがこの世にいていいわけない。他の街いたら手出しができなかったが、あっちから来てくれるなら好都合。完全に抹消してやる。火あぶりにしてやろうか。ヤツらが扱う薬を片っ端から試してやろうか。とにかく、生まれたことを後悔させてやる。二日後が楽しみだ。レジーは暗い笑みを浮かべた。
気持ちを抑えよう。力づくで抑え込むのではなく、そっと蓋をして来るべき時のために煮詰めておくのだ。この激情こそが燃料だ。燃料であり、身を亡ぼす病でもある。この激情があるからこそ、レジーは人の道を外れてまで掃除をしている。我慢ができないのだ。散らかった部屋にイライラするように、この世にゴミクズがはびこっていることが許せない。当人にとっては生きにくい世界だった。それでも、こまめに発散することで上手いことやっている。
さぁ、掃除の時間だ。あっと言う間に二日は経った。幸いにも今日は仕事は休みだ。思いっきりやろう。心の決めたままに

「どれにしようかな」

クローゼットにかけてあった服をどけると、出てきたのは武器の山だった。レジーはこれら全てを達人レベルで使える。ちなみにリオネットは神レベルだ。

「あんな大物は初めてだからな。得物も大物でいくか」

選ばれたのは、レジーの身の丈ほどもある大斧だ。クローゼットにギリギリ入ってるから取り出すのに一苦労だ。色々つっかえて中々だせない。
やっとのことで、その全貌が露わになった。斧の部分は両刃になっていて、どちらからでも叩き切ることができる。柄の部分は長く、全体の七割くらいだ。これくらい長くないと重くてまともに扱えないのだ。レリーフや飾りは無く、実用性重視の無骨なものになっている。

「これも持って行くか」

大斧では魔法が放ちにくいため、短剣も持って行くことにした。これは小さく、取り扱うには簡単だ。それに、魔法を打ち出すための専用のもので、魔力が巡る効率を良くするために特別な石が鍔の部分に取り付けてある。これは腰に差しておく。正体がわからないように、いつもの格好に着替えた。
さて、準備は整った。出発だ。
今夜は良い夜だ。晴れていて、星や月がよく見えてとても綺麗だ。気合いを入れていこう。今夜のターゲットは、ゴズミクファミリーのボスだ。護衛も手練れを用意していて、本人も用心深い。集会にはファミリーの幹部全員が参加していて、警戒も最高レベルだ。

「つよそーだなー」

遠目から見える、集会が行われる大きな屋敷には強そうな構成員の警備が、物騒な武器を持って警戒にあたっていた。ファミリーの戦闘部隊だ。

「ま、関係ないけど」

百戦錬磨の剣士も、千の魔法を修めた魔法使いも同じだ。レジーにとっては、羽虫に等しい。

「もう少しで始まるかな」

まだ人が集まりきっていないらしく、外に大勢出ていた。
ゴズミクファミリーは一年に一度、幹部全てを集めた集会を開くが、その会場となる場所は決まっていない。幹部それぞれが順番に用意するらしい。運がないことに、今年選んでしまったのがレジーの住むこの街だったというわけだ。
馬車がやってきた。参加者が来たようだ。降りてきたのは、今回のターゲットのゴズミクファミリーのボスだ。写真で見るよりも凶悪な顔をしている。あれでは子供が泣いてしまう。一刻も早くこの世から消し去らねば。
ボスが来たことで、警備を残して多くの人間が屋敷に入っていった。

「ぼちぼちやるか。まずは露払い」

ギラリと眼光が鋭くなり、歯をむき出すように笑った。
大斧を背負っていても変わらぬ身のこなしで、屋敷に接近した。流れるように移動し、誰にも見られることはない。まずは一人、敷地の外にいるのを首をねじってその命を終わらせた。死体は高い塀の向こうに放り投げて、茂みに隠した。あとは同じことの繰り返し。

「よし、ラスト」

これで外にいるのは片付いた。速やかに掃除する必要があったから大斧は使えなかった、これからはこいつの出番だ。
塀の向こう側に侵入して、木の影に隠れる。気配を感知して、庭にいる人間の数と配置を確認する。

「思ったより少ない。油断して主力は中にいるな」

この屋敷は、この前の政治家の屋敷よりもすっとでかい。中も広くて、狭くて大斧が邪魔になることもない。存分に振り回せる。
まずは庭の掃除だ。人間を点として、点と点を結んで線にする。その線に沿って駆け出す。レジーの音のない走法には誰も気づけない。大斧を構えて、点が間合いに入った瞬間に振り下ろす。点は真っ二つに割れて、二つになった。またそれを繰り返す。異常に気づける者などいない。実力差がありすぎる。
全身真っ赤だ。血のシャワーを浴びたようになってしまった。

「うん、支障ない」

特に問題はない。ちょっと不快なだけだ。
さて、メインだ。一番隅の窓から入った。今回は大振りの得物だから、器用なことはできない。だから、窓ガラスに短剣を突き付けて熱の魔法で溶かした。こうすると本当に音も無く侵入できる。この方法は痕跡が派手だからレジーは使いたがらない。それに、かかったら火傷してしまう。

「ここからどうするか。とりあえず囲んどくか」

短剣を小さく掲げて、魔法を行使する。結界魔法だ。ちょうどこの建物と同じ形、つまり逃げることをできなくした。
掃除の仕方自体にこだわりはなかったため、さっきと同様に出会い頭に真っ二つにすることにした。
外の警備と違って、中にいた構成員は強かった。レジーの動きに反応することができたのだ。その上で、レジーのほうが圧倒的に速いから抵抗らしい抵抗はできずに真っ二つになっていったが。
気配を感じ取るという技能は、できる者が少ない。レジーは自分自身とリオネットしか知らない。それほどに特殊な技能なのだ。そもそも、人間ができる芸当かどうかも疑わしい。マフィアの誰かが気配を感じ取れれば、異変にとっくに気づくことができただろう。しかしそんな人間はいない。今までほとんど無音で片付けてきたからまだ誰も気づかない。集会が行われていると思われる部屋では、話しがはずんでいるのかにぎやかだ。
あらかた片付いてきたが、レジーはめんどくさくなってしまった。

「もうまとめて焼き尽くそうかな」

結界で閉じ込めた状態で、中だけを高熱にしてしまえば一気に方がつく。もうそうしてしまおうと思ったが、ふと思い出されたのはゴズミクファミリーの悪の所業。ふつふつと怒りが再燃してきた。やっぱり最大限の苦しみを与えて殺そう。それがせめてもの、被害者たちの手向けになるはずだ。

「薬ってどこにあるかな」

次に会ったヤツを痛めつけて聞くことにした。
魔法使いがいた。一足で肉薄して、大斧を下から上に振り上げて右腕を斬り飛ばした。叫びそうだったので、顔面をとっさに殴った。左腕でなにかしてくる可能性があると考え、骨を折った。

「一番ヤバい薬って持ってる?」

「てめーどこのもんだ!」

状況を理解できていないようだ。足の骨も負った。痛みでまた叫びそうになると、今度は腹にパンチをした。血を吐いたが構いやしない。

「もう一度聞く。いや、命令する。一番ヤバい薬をよこせ」

「ぼげっどにヴぁる」

心が折れたようだ。ヤバいやつだとわかったようだ。
ポケットを探ると注射器と瓶に入った薬が出てきた。レジーは注射はされたことはあってもしたことはない。

「適当にやればいいか」

正しく使用する必要はない。苦しめられればそれでいい。
息の根は止めなかった。どうせ逃げられないし、どうすることもできないから。そのかわり、薬を試してみることにした。暴れたからもう一度腹にパンチをして、今度は気絶させた。

「チクッとしますよー」

適当に、残った左腕に薬を注射した。すると、劇的変化が訪れた。肉が泡のように盛り上がり、体が元の三倍くらいになって醜い化け物になった。うめいていたがすぐに死んだ。量が多かったのかもしれない。気持ちが悪かった。人間の尊厳を踏みにじっている。人間としても死ねないなんて。レジーは歯を食いしばった。

「こんなの、よく作れるな」

とにかく、これをボスに処方することにした。幹部たちにもプレゼントしてやりたいからたくさん必要だ。残ったのを全員声を出せないくらいの半殺しにして、薬を奪った。ご丁寧に全員持ってたが、最後の一人が保管場所を知ってたおかげで大量に手に入った。
薬の保管庫を探している時に、大量の女の死体も見つけてしまった。さんざん弄ばれて、嬲られたのがわかる非道いありさまだった。生存者はいなかった。どんなに調べても、もうこの屋敷で半殺しを除いて生きているのは集会を行っている部屋にしかいなかった。展示室も見つけた。中にいたのは改造された元人間たち。人間の剥製も多くあった

「ボスのところに行こうか」

集会を行っている部屋は大広間だった。そこで組織のこれからの方針を話し合って、それも終わって食事をしながら歓談を楽しんでいた。

「最近のはすぐ潰れてしまうよ」

「耐えられないものばかりですな」

「しかしこの前のあの加工は上手くいった」

「薬で壊してしまうのが楽しいのだよ」

「今度は融合させてしまおう」

(……)

ドアの前でレジーは佇む。カーペットの一部を見つめて動かない。向こうから聞こえてくる会話を聞いている。なんの感情も感じられない顔だ。人間に絶望してしまったのか、あるいは怒りが振り切ってしまったのか、表情からは窺がえない。
ドアをゆっくり開いた。大斧を片手に持つ血だらけのレジーに、まだ誰も気づかない。そのまま、気づかれぬまま、ボスと幹部たちに薬を打ち込んだ。今度は即死しないように少量ずつだ。打ったところの肉が泡立った。野太い悲鳴が上がる。そこで初めてレジーの存在に気がついた。護衛の男が大剣で襲い掛かってきた。それを大斧ではじき返す。

「どこのもんだ。誰に言われてきた」

「またその質問か。全員最初にそれを言ってきた」

薬の在り処を吐かせるために尋問してきたヤツらは、一人も漏れなく口にした言葉。それが最初に覚えた言葉なのかと思うほどだ。しかも開口一番に言うものだから、皆兄弟なのかと疑った。

「あえて、言うなら。お前たちが食い物にしてきた人たちの恨みを晴らしに来た」

「はぁ? イカレてんのか」

「理解できないのか。ゴミクズが」

レジーの言葉が、護衛の男の怒りに触れた。魔法を発動し、全身が雷の鎧に包まれた。

「殺す!」

「安い挑発ですらないぞ」

雷を纏った大剣が大斧がぶつかり合う。上下、真横にと勢いよく振るわれる。

(なぜだ! この雷剣に武器越しにでも触れれば痺れて硬直するはず)

レジーは平然とただの大斧で、迫りくる雷の大剣をさばいていた。なにも特別なことをしている様子はない。大斧はなにもまとっていないし、レジー自身にも変化はない。
薬を打ち込まれたマフィアが、レジーを殺せと罵声を浴びせている。

「こんなよわっちい魔法が効くわけないだろ」

今まで手加減していたのだ。今度は手を抜かず、大斧を振るった。大剣は砕け、護衛の男は壁に打ち付けられた。壁はひび割れて、その衝撃の強さを物語っていた。

「もう戦えるヤツはいないのか?」

マフィアたちは質問に答えず、レジーのこれからの処遇についてばかり言っている。やれ、家族もろとも殺してやるだとか、死ぬより恐ろしい目に合わせてやるだとかだ。

(殺すのか生かすのかどっちなんだ)

未だに自分たちが上の立場にいると思っているのか、いつまでも減らず口をたたいている。レジーは残りの薬を瞬きの間に、全員に打った。さらに醜い姿になるマフィアたち。手足は肉に埋もれて使えなさそうだ。今度は上手くいったようで、死ぬ様子はない。ただ死ぬほど苦しそうなだけだ。

「首をもらおうと思ったけど、やめだ。やっぱりいらねーや」

レジーは結界の中の温度を上昇させた。少しづつ熱くなり、やがては灰も残らない温度に達するように。

「少しずつ、少しずつ温度は上がっていく。お前たちが生きているうちに下がることはない」

さらに、おまけとばかりに火の玉を生み出した。その数はボスと幹部を合わせた数と一緒だった。

「火刑っていうのは、最も残酷な処刑の一つらしい。足火をくべて少しずつあぶっていく。炭化するから出血はしない。だから出血で死ぬことはない。炭化したところは崩れて、いつまでも新鮮な激痛がする。体がどんどん失われていく恐怖と助からない絶望。お前たちにも味わってもらおう」

火の玉が肉塊にくっついた。肉塊は熱さによる激痛に、さらに悲鳴を大きくした。火の玉は頭から一番遠い場所につき、炭化させながら肉を削っていく。いつ限界を迎えるのか、レジーは興味がなかった。死体も半死半生の人間も無視して、結界を出た。レジー以外に出入りはできないから、この屋敷を出た最後の人間となった。屋敷はそのうち灰も残らず燃える。
レジーは珍しく感傷に浸っていた。今までこんなことはなかった。掃除をすれば、いつもスカッとしていい気分になれた。酒も美味かった。今は、酒なんて飲む気分になれない。
門のほうから人が歩いて来た。

「洩らしがあったか」

もうそんな気分じゃないのに、と思ったが違った。マフィアじゃない。最近見慣れてきた姿だった。

「配達に来たんですけど、どういうことですか?」

封筒を手に持った神剣のリオネットだった。まさかこんなところで会うなんて、思ってもみなかったレジーは驚愕した。幸いマスクのおかげで顔はバレていない。大量に浴びた返り血をごまかすことはできない。

「これ、やったのあなたですよね。手合わせ願います」

封筒を懐にしまい、リオネットは刀を抜いて臨戦態勢に入った。
普段ならさっさと逃げていたところだが、今のレジーは違った。

「ちょうどイラついてたんだ。八つ当たりに付き合ってもらうぞ」

すごく、むしゃくしゃしていた。

今の装備は大斧と魔法発動用の短剣だ。リオネットとの討伐クエストに行った時の装備じゃないからバレない。そう考えていたが、あの強力な観察眼のことは考慮に入っていなかった。冷静さが足りない。

「いきます」

リオネットの踏み込みによる突きは雷の如く、速く、強く、正確にレジーを捉えていた。
レジーのスピードは風よりも速かった。もし仮に二つ名あったとしたら、神速のレジーになっていただろう。身の丈よりも大きな斧を持っての動きであるから、なんの枷もない状態でのトップスピードは、神の領域だ。
両者とも神のような強さをほこる。神の剣に、神の速さ。剣は速さと技術によってレジーを捉えている。大斧のハンデが痛い。
ならばハンデを活かすまでと、大きな重量を利用しての攻撃に転じた。神の剣を迎え打った。レジーの攻撃のほうが強いかに思われたが、腕力はリオネットのほうが上のようだ。拮抗している。
初激は互角。すぐさま次の手に移る。
リオネットの袈裟斬りを斧を支点に体をひねることで回避する。
レジーの蹴りを片腕で受け止める。刀によるカウンターをしかける前に魔法の火炎が襲いかかるが、これを斬り払って対処した。
今度は大斧の水平斬りがリオネットを襲うが、これも斧よりも小さい刀で打ち払う。
斧と魔法による連撃を刀一本で斬り払い、打ち払う。
刀による一刀両断の剣筋を紙一重で避けていく。
お互い一歩譲らない超高度な戦闘だ。これほどの戦いは世界でも指折りだ。どれだけ大金を積んでも見れるようなものではない。不幸なことに観客はいない。この神業同士の激突を伝える者は一人としていない。
リオネットの表情は歓喜に満ち溢れていた。自分とここまで対等に戦える存在は今までいなかった。同ランクの冒険者では、一歩劣る。この男は自分と対等になってくれる。人生で初めての経験だった。念願の好敵手に出会ったようで、待ち侘びた恋人に出会ったようでもある。はたまた、両方を満たせる存在か。どっちでもいい、今はただ—

「もっと!」

戦いたい。この時間を永遠にしたい。ただそれだけだった。
レジーは不思議な気分だった。さっきまでの鬱屈したものが晴れていくのを感じる。心にのしかかった重い氷がだんだんと溶けていき、さらには温かくなってきている。戦いの最中にそんなことを感じた経験など、今まで一度たりともなかった。殺伐とした、血の香る戦場には到底似合わない感情。正体不明のこの状況で思うことは—

「まだ!」

終わらせたくない。この温かさをまだ感じていたい。ただそれだけだった。
二人の気持ちとは裏腹に、どんな物事にも終わりは訪れる。夜が明けるまで続いたやりとりは、警邏隊の介入により幕を閉じた。
レジーは家に帰り、熱いシャワーを浴びてから出勤した。昨日の出来事のせいで一睡もしていないが、不思議と心は晴れやかだった。
いつものように、受付に座り窓口を開ける。今日の当番はレジーだ。眠気は少し出てきたが、業務に支障はない。
今日も冒険者たちはクエストを受けるために大勢集まっている。朝早くから来ないと優良なクエストはとれない。うまいものは誰もが求めている。
長身の小汚い男がレジーのところにやってきた。イラだっているようだ。雰囲気で、なにを言いたいのかわかる。

「おい! このクエスト達成したぞ、報酬よこせ!」

突き出された紙は討伐クエストのものだ。

「えっと、あなたは……ノーボさんですね。このクエストは対象の討伐が認められなかったため、成功報酬をお出しすることはできません」

討伐の証拠に対象の体の一部を提出されたが、それはよく似た別のモンスターで危険度も低い。さらには、もっと似せるための工作をした跡もあったため、ギルドはこれを悪質であると判断し、降格にリーチをかけた。なお、本人には知らされない。

「んだとてめー!」

ノーボは逆上し殴りかかったが、レジーに当たらなかった。少し身を引くことで回避したのだ。この技は相手の距離感を狂わせる。

(手が早いな。嘘を無理矢理突き通すために、力づくでやろうってわけか)

いつもならわざと殴られて、早々に帰ってもらっていた。今日はそんな気分になれない。
レジーは座ったままの状態なのに拳が当たらない。理解不能な現象に混乱する。それから何度拳を振るっても当たらない。息切れもしている。

「覚えてろ!」

負け惜しみの捨てゼリフを言って去っていった。
後ろから拍手と感嘆が聞こえた。当然ながら、同僚たちが見ていたのだ。今まで殴られてばかりいる姿しか見てこなかったが、素人でもわかるほどの卓越した技術で避けてみせたのだから驚いている。

「すみません」

次の方が来た。

「はい、クエストの受諾です……か」

当然といえば当然。彼女はこの街にいる時は、毎日朝からギルドに訪れてクエストを受けにくるのだ。

(なんか気まずいな)

命のやりとりはいくらでもしてきたが、再会することは絶対になかった。命を狙った相手に戦場以外で会うだけでも気恥ずかしいのに、あんな濃密な時間を共にすれば目を合わせることも難しい。

「昨日はすごかったです。また相手をしてくれませんか」

(バレてる)

彼女の観察力を前にすれば、見抜かれない可能性のほうが低い。
幸い、コソコソと話しかけてくれたおかげで誰にも聞こえいない。
レジーはまんざらでもなかった。むしろもう一度やりたいとさえ思っている。だけど、自分のほうから誘うのは癪だ。それに、『死合いましょう』なんて言えるものじゃない。彼女の誘いは正直嬉しかった。

「一回だけですよ」

ギルド職員のレジーと、神剣のリオネットは互いを必要とした。いつまでも見つからなくて、もどかしかった最後のピースがやっと見つかったようだった。

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