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濡れ手で粟

ショートショート

何匹か盗んできた鶏から血を絞り出して、魔法陣を描く。古本屋で見つけた古くて汚い怪しげな魔導書に書かれていた儀式を始める。これで悪魔を召喚して、この生活から抜け出すのだ。

太郎は貧乏だった。 どれだけ働いても給料は上がらないし、労働環境も良いとはいいづらい職場で働いていた。何度も転職をした。それでも多少の違いがある程度で、ずっと安い給料で働いていた。

貧乏な太郎はお金がないので、どこか遊びにもいけず休日は家でだらだらしたり、散歩に出かけていた。散歩の際に通りかかった古本屋がなんとなく気になって入ってみると、いかにも昔ながらの古本屋で、本棚からは本が溢れて適当に積まれていた本の塔がいくつもあった。太郎は吸い寄せられるように奥に進み、一つだけ真っ黒な背表紙の本を見つけた。それが魔導書だった。

ひと際目立つその本を手に取った。ほこりっぽくて紙の色が変化している。かなりふるそうだ。表紙にはタイトルはおろかなんの文字も書かれておらず、とにかく真っ黒だった。中身の目次には、呪いやら召喚術やら魔法の本のようだった。最初に書かれてある文字も魔導書だったからそうなのだろう。

なんだか妙に惹かれる。値札シールもないから値段がわからないが、安ければ買いたい。店の入り口にあるカウンターに、じっと座っている店主の老人に問いかけた。

「すみません、これいくらですか」

店主は口を動かしたが声が聞き取れない。耳を近づけてみる。

「持ってっていいよ。お代はいい」

なんとタダなのか。そりゃあこんな古臭いもの価値があるとは思えないが、商売っ気がない。気が変わらないうちに持っていこう。

「じゃあ、いただいてくよ」

そうやって魔導書を手に入れた。太郎はさっさと家に帰って魔導書を読みふけった。今までこんなにも本を読んだことがなかったのに。まるで、何かにとりつかれたように隅から隅まで読んだ。そして目が留まったのは、悪魔召喚について書かれてあるところだった。さらにその中の、金運の力を持った悪魔を召喚する儀式のところは興奮を隠せないでいた。これをやろう。

太郎はすぐさま準備に取りかかった。ひつような道具や召喚に必要な供物は入手しやすいものばかりで、その日のうちに全てそろえることができた。さあ、すぐに召喚の儀式を始めよう。

盗んできた鶏から血を絞り出して魔法陣を描いて、中央には饅頭を置く。かつて饅頭は頭蓋の代わりに作られたものらしい。だから供物に使えるそうだ。魔導書にそう書いてある。

召喚の文言を紡ぐ。

「苦汁に濡れ、欲に濡れ、しかし喉の渇き潤わない。抜け出すことの叶わないこの負の連鎖から引き揚げたまえ」

魔法陣が淡く、血の色に光りだす。中央の饅頭が沈んで消えて、なにかが浮き上がってくる。黒く刺々しい輪郭をしたそれは人の腕のようにも見えて、しかしその形は明らかに人間ではありえないものが一目でわかった。どんどんせり出してくるそれに、だんだんと恐怖の感情が強くなってきた太郎はそれでも儀式を中断することはしなかった。魔法陣の一部でも消してしまえばすぐさま消えると、魔導書を読んでわかっていたが、これがあればこの惨めな生活から抜け出すことができることを確信していたからだ。それほどの力と魅力を恐怖とともに発していたのだ。

全貌が現れる。人型だ。光を反射しないほど真っ黒で、その輪郭しかわからずどんな風貌をしているのかは正面から見ただけでは見当もつかなかった。そもそも今見えているのが正面かどうかさえ怪しい。

それは空気を振動させることなく太郎に意思を伝えた。テレパシーのようではあるが、頭に直接語り掛けるようなものではなく、太郎が考えを読み取ったというのが近い。

悪魔はなにもしなくてもいいと伝えた。ただ、少しのチャンスがあれば手を出すだけでいいと。濡れ手で粟だよ。それだけ伝えると、悪魔は目の前から消えた。

悪魔を召喚することはできたが、これは成功とえいるのだろうか。契約を結ぶといったことはしなかったし、すぐに帰ってしまった。魔導書には召喚した後のことはなにも書かれていなかった。これではどうすればいいのかわからない。悪魔が言っていたチャンスには手を伸ばせという言葉だけが頭に残る。とりあえず宝くじでも買うか。もしかしたら召喚をした時点で金運がものすごく上がっているのかもしれない。太郎はさっそく一番近いショッピングモールの宝くじ売り場へと足を運んだ。

宝くじといっても色々ある。数字を自分で選んで、数字が合っていればお金がもらえるタイプのものもあれば、完全にランダムのものもある。太郎はスクラッチを選んだ。スクラッチはその場でくじ券の銀色に印刷された部分を削って、当たりの絵がそろえばそれに応じたお金がもらえるのだ。運試しならもってこいだ。太郎は一枚だけ買って削った。

結果は大当たり一等の百万円が見事に当たった。太郎の心臓はバクバクと、細かく強く打ち鳴らされていた。本物だ。やった! やったぞ! これでこの惨めな生活ともおさらばできる! 太郎は興奮さめやらぬ状態で、売り場の人の言うとおりに銀行に行って百万円を受け取った。実感が沸いてきた。これが百万円の重み。底辺の人間では到底経験することのない重み! 俺のだ! これは俺の百万円だ! 太郎はそう叫びそうになるのをグッとこらえて、心中で叫ぶにとどめた。

さらにその後すぐに、今度は競馬場に向かった。近所にあることは知っていたが、馬券を購入してもただでさえ雀の涙の財産を減らすことになっては生活もままならなくなると考えていた太郎は気になりながらも一度も足を運ぶことはなかった。

百万円を持った太郎は、その全てを3番の馬の単勝の馬券を購入するのに使った。3番を選んだ理由は特になく、あてずっぽうの適当だ。馬券を買う時にたまたま指先が触れたところが3番だったからだ。

出走は馬券を購入してすぐだった。各馬一斉にスタートを切り、好調な走りを見せた。中盤を過ぎたところでは、まだ3番の馬は真ん中のほうにいた。太郎は知らないことだが、その馬の脚質を考えればとくに問題はない。それから少しずつ他の馬を追い抜いていき、最終直線に入った時にはトップに躍り出ていた。そのまま他の馬を寄せ付けることなく、1着でゴールした。太郎の馬券が当たったのだ。お金が一気に億を超えた。すぐに仕事先に電話をして辞めることを伝えた。

それから太郎は調子に乗って、色々なギャンブルに手を出した。競艇に競輪、北海道のばんえい競馬。投資もやった。国を飛び出してカジノにも行った。どれもこれもぼろ儲けだった。

どんどんお金が増えていくにつれて、色んな人間とも交流するようになった。どいつもこいつも、お天道様に顔向けできないようなやつばかりだったが、太郎はその中でもそれなりに楽しめた。

ついこの間まで貧乏生活をしていたのが信じられない。今では金なんて掃いて捨てるほどある。贅の限りを尽くした毎日だ。残すのを気にせず最高級の料理をたらふく食べ、頭がおかしいほど値段が高い時計や車を無駄に多く買い、一人では持て余す豪邸や別荘をいくつも建てた。幸せな日々だと太郎は思っていた。

最近、体調が悪いと感じた太郎は病院に行って検査をした。医者はどこも悪くなっていないと言う。あれだけ不健康な食生活を送っていても、その辺りの異常もないらしい。太郎は少し不思議に思ったが、召喚したあの悪魔が健康でいられるなんらかの力をくれていたのかもしれないと思った。なぜなら、自分は悪魔を召喚できた特別な人間なのだから。

それからも、太郎の体調はどんどん悪くなっていった。どれだけ大きな病院で検査をしようと、体にはなんの異常も見つからなかった。特に手が痛む。両方の手がズキズキと痛んでしょうがなかった。まるで無数の虫にかじられているようだ。

自宅でおとなしく酒を飲んで気を紛らわしていると、突然視界が歪んだ。めまいだ。なんとか酒が入ったグラスをテーブルに置くことはできたが、とても酷いめまいだ。頭を押さえるために持ち上げた腕が視界に入ったことで気がついた。虫が、見たこともない身の毛もよだつような姿の小さな虫が、おびただしい数の虫が、指先から前腕の真ん中あたりまでにびっしりと張り付いていた。

痛い! 腕が食われている!

とっさに振り払うと、虫の姿はきれいさっぱり消えていた。痛みも嘘のようになくなっていた。太郎は幻覚を見るような薬はやっていない。危ない薬の類はやろうと思ったこともない。体調が悪くて精神も参ってしまったか。

体調は悪くなるばかり。交流をしていた人間たちは、太郎の金に興味があるようで虫のようにたかってくる。はらってもはらってもきりがない。身の危険を感じることも多くなったし、金も少しづつ減っていった。まるで、あのとき幻視した腕に張り付いていた虫のようだ。ただまとわりついてくるだけじゃなく、牙も向いてくる。あの悪魔の仕業だろうか。聞きたいが、手がかりがない。魔導書はいつの間にかなくなってしまったのだ。

変わらず原因は分からなかったが、衰弱してきたことで入院することになった。管から栄養を補給することくらいしかできることはないが無いよりマシだった。

入院してから一週間が経った夜。あのとき召喚した悪魔が現れた。太郎は問いかけた

「これは代償なのか。寿命でも持って行ったのか。こんなこと聞いてない」

悪魔はなんでもないことのように答えた。

「代償など存在しない。だが、それは魔界の力。魔界のルールが適応される。魔界には金に群がり、その所有者の生気ごと金を捕食する虫がいる。お前の衰弱の原因はそれだろう」

「ならどうにかしてくれ。冗談じゃない。いくら金があってもこんなに辛いんじゃ元も子もない」

すっかり弱弱しくなった声で訴えた。体には力が入らず、あちこちに激痛が走るようになっていた。

「それは私の管轄ではない。私の権能は金銭を苦労をすることなく手に入れること。濡れ手で粟、のように。それ以外の力は行使しない。私を召喚した時点で契約は成立していた。お前があのとき持っていた本が契約書で、召喚をしたことで同意とみなされる。書かれていたはずだ。私は金運の力を持つ悪魔だと」

そんな、こんなのない。それじゃあ、自分はこのまま死ぬのか。いやだ、助けてくれ。

「そろそろ、虫は全身を覆うだろう。お前は体のいたるところから金の匂いがするからな。金はなにか別の形で消失するだろう。虫は概念に近い存在であるからな」

太郎は全身に不快な感触を覚えた。何かが自分の体に群がって覆い尽くしている。見れば、あのとき腕に大量についていた虫が体を埋め尽くしていた。節足動物を思わせる足が肌をなでる。恐怖で声もあげられない。首の下から這い上がってきた。口まで登り、鼻を通り、目元まで来て視界が真っ黒に、何も見えなくなって意識も沈んだ。

悪魔はその様子をなんでもないかのように見届けると、次の召喚者の元へと転移した。

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