可惜夜 : 明けてしまうのは惜しい夜
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この夜は明けてほしくないな。この夜がずっと続いてほしいと思ってしまった。
彼女は夜の間しか活動できない種族らしい。身体能力が高く、滅多なことでは死なないし病気にもならない。一般に吸血鬼とかヴァンパイアと呼ばれる類の種族だそうだ。ニンニクが苦手というわけではなく、むしろニンニクたっぷりの次郎系ラーメンが大好きで、流れるプールのあるナイトプールにも行くし、指で十字だってつくれる。ただ、血は好きらしい。吸わなくても死なないけど、時々無性に吸いたくなる時があるそうだ。まるで僕にとってのmックのポテトのようだ。だけど太陽だけは苦手だ。少しでも日光を浴びれば死んでしまうというわけはないが、不用意に太陽に肌をさらしていると火傷してしまい、夏の日差しを何時間も浴びると灰になってしまうらしい。僕だってそんなことしたら日射病になって、死んでしまうかもしれない。現代日本の夏の暑さは、もはや災害級なのだ。
彼女との出会いは特に変わったものではなかった。夜間大学が一緒でたまたま隣の席になって、たまたましゃべる機会があり、たまたま馬が合って彼女のほうから遊びに誘ってくれたのだ。それから何度か遊んで、夏祭りの今日は僕のほうから誘ったのだ。
夏祭りは夜にあるから太陽が苦手な彼女を誘うにはうってつけだった。
僕は彼女のことが好きなんだと思う。誰かを好きになったことなんてないから、彼女に対するこの感情がなんなのか判断に困るけど、女性に対してこんな気持ちになったのは初めてで、いやじゃない。彼女とともにいると、この気持ちがとても軽いような、重いような感じで、でも心地がいい。逆に彼女と離れていると落ち着かないような気持ちで、彼女のことを考えてしまう。
出店がずらっと左右に列をなしている。太鼓のリズムが聞こえ、大勢の人が思い思いに祭りを楽しんでいた。隣にいる彼女は浴衣姿で、彼女の夜を思わせる艶やかな黒髪が良く映える。いつもと違う格好でギャップがすごくて、綺麗で、似合ってて、かわいかった。
彼女は夏祭りは初めてだったそうで、屋台に興味津々といった感じで焼きそばやリンゴ飴、綿あめを美味しそうに食べた。射的の腕がずば抜けていて、景品がみるみるなくなっていった。彼女が満足するのが遅ければ、あの射的屋は今夜はもう店じまいをしていただろう。
途中、少しトイレで外している間に彼女にナンパがたかっていた時があったが、背筋が凍るような表情をしながら持ち前の筋力でナンパ男たちの胸倉をつかんで持ち上げていた。そうするとナンパ男たちはクモの子を散らすように逃げていった。僕に気づいてこちらを向いた時にはいつもの表情に戻っていた。この時僕はドキりとした。恐怖によるものじゃなくて、もっと好意的なものだった。
花火が上がり始めれば、みんな一様に空を見上げた。それは彼女も同じでその瞳には打ち上げ花火の色とりどりの火が映っていた。僕は花火よりも、花火を見上げる彼女のほうばかりが気になって、視線が吸い寄せられていた。
花火のクライマックスは辺りをより一層明るく彩り、それをピークに祭りも終わりへと向かっていく。彼女はまだ帰るような様子はなかった。よかった。僕もまだ帰りたくない。まだ彼女とこの夜をすごしていたい。夜はまだ続く。まだ深くなっていく。
この夜を終わらせたくない。彼女とすごした時間の中で一番楽しいからだ。彼女のほうもそう思ってくれているといいな。だけど、楽しいからこそ勝負を仕掛けるなら今夜なんじゃないのか。彼女と一緒にいたいこの気持ちをはっきりさせるんだ。勇気をしぼりだせ。
彼女が僕と同じ気持ちじゃなかったらどうしよう。不安がいっぱいだけど、言うことにする。
もし、違うのならば。このままこの夜が明けなければいいのに。
僕は彼女の正面に回って、その切れ長の瞳を見て自分の想いを告白した。