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猫バンバン

ショートショート

ここは猫の精霊が住む国。今日も猫の精霊たちは、にゃおにゃおと元気に仕事に励んだり、ごろごろとのんびり過ごしている。この国には争いが無く、人間の国にあるような政府は存在しない。この国の大まかな方針は長老たちが決めているが、国民の数は少なくみんな温厚でのんびりしているため特にやることはない。国と自称してはいるが、ただ寄り集まっているだけにすぎないのだ。

猫精は人間には見えない存在だ。たまに勘の鋭いやつにはなんとなくなにかいるような感覚を覚えられるけど、人間たちの間で猫精の存在は認知されていない。猫精たちの楽園なのだ。

この国に住むジョバンという黒猫の編み物職人は、生まれたばかりの子猫の服や靴下を編んでいた。ジョバンはこの国の住人には珍しく、働き者で職人としての腕もよく、多くの依頼を受けていた。

子猫の服を持って依頼主の母猫の元へとジョバンは向かう。

道中では一部の働いている猫たちとあいさつを交わす。

「やあ、ジョバン。良い作品はできたかい。 今日はなかなか良い魚が手に入ったんだ、一匹どうだ」

「ああ、シュジー。これから子猫の服を持っていくところさ。魚は帰りにいただこうかな」

魚屋のシュジーが声をかけてきた。彼は気さくなやつで、知り合いを見つければこうして話しかけてくれるのだ。この国の住民は少ないので、ほとんどが顔見知りだから道行く猫全員に声をかけていると言える。

店をかまえている猫は以外に多い。ただそのほとんどが真面目に働いていないというだけで、店は開いているのに商品がなかったりすることがある。

いくつも設置されたベンチには多くの猫たちが日向ぼっこでお昼寝中だ。この異様に多いベンチは、日向ぼっこがしたいという多くの住民の声があってできたものだ。

ベンチの一つに猫じゃらしをくわえたマウンテンハットを被った猫が寝ころんでいた。

「ニャルミンじゃないか、帰ってきてたんだね」

「おや、その声はジョバンか。相変わらず精が出るね」

彼はニャルミン。一年中旅をしている旅猫で、ずっと同じ場所にはとどまらない。ジョバンがこうして会うのも実は半年ぶりなのだ。この国一番の自由猫といっていい。もっとも、旅をする物好きな猫はこの国には一匹しかいないが。猫はナワバリをもっていてみんなお気に入りの場所がある。それなのにそれを持たないニャルミンは、ジョバンやシュジーとはまた違った変わり者だった。

話もそこそこにして、以来の品を届けるためにまっすぐの道を歩いた。今度は誰かにつかまることなくスムーズに進めた。黄色い屋根の家に着く。この家の家主こそ今回の依頼主だ。ノックして出てきた猫の親子はとても感謝してくれた。ジョバンが仕事をする理由は、仕事をしたときにくれる感謝の気持ちが癖になってしまったからだ。

「どうも、ありがとうございました。とってもかわいくて暖かいです。またお願いしますね」

「そう言っていただけると励みになります」

母猫に抱っこされた子猫があふれる笑顔で手を振ってきた。こっちもいっぱいの笑顔で手を振った。曲がり角で見えなくなるまで手を振りあう。うれしい気持ちで胸がいっぱいだ。やっぱりこの仕事はやめられない。

帰りの道中では長老に会った。グレーの毛長の老猫だ。長老ともあいさつを交わし、少し世間話をしていると、突然大きな揺れと音が国全体に響き渡った。異常事態。すぐさま長老は緊急事態宣言を発令して、住民たちに自宅へすぐにこもるように指示した。ジョバンもその例にもれず、家にすぐに帰った。

実はこういうことはよくあることなのだ。こういった時にこの国の機能が発動する。国が移動して危険から逃れるのだ。自走する移動国家であるから、どんな危機的状況からも今まで生き延びることができたのだ。

ところで、国全体に響いた音の正体とはなんだったのか。それは車のボンネットを叩く音だったのだ。その車の持ち主は寒い季節になると、エンジンルームに猫が侵入していることがあることを知っていたため、毎年いわゆる猫バンバンを欠かさなかった。この時、猫バンバンをしたことによって、一匹の猫が驚いてエンジンルームから飛び出して逃げていった。この逃げ出した猫こそ、猫精たちが住む猫の国なのだ。

この国は見た目はなんの変哲もない猫に扮することで、安全を保っている。しかしこの時、車の持ち主が猫バンバンをしなければ猫精たちは悲惨な目に合っていたかもしれない。

こうして悲劇は回避された。猫バンバンによって救える命は確かにあるのだ。彼らは勝手に人間の作ったものに侵入したならず者ではあるが、同じ土地に住む隣人であるから、ほんの少しだけ優しくしてくれると我々も嬉しい、にゃ。

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