メガネを落として壊してしまったタケルは、行きつけのメガネ屋さんを訪れた。
修理を頼むだけのつもりだったが、商品棚に気になるものを見つけた。それは新作のコンタクトレンズで、色付きのものだった。
『当店オリジナルのコンタクトレンズ! 他にはない変化のある目の色をあなたに』
変わった文句のテロップだ。
興味がそそられる。いったい何だこれは、と思って眺めていれば、馴染みの店員が話しかけてきた。
「気になるかい? それは今までとは違う、ちょっと変わったコンタクトレンズなんだ。色に応じて気持ちも変わる。その時のなりたい気分になれるんだ」
説明を聞いてもいまいちピンとこない。
タケルは直ったメガネと試供品の色つきコンタクトレンズを持ち帰った。
レンズは複数あって、それぞれ形も模様も同じだが、色だけがみんな違った。とても色彩豊かだ。
全部で5色あった。青、赤、黄、白、黒の色のレンズが1セットずつだ。
説明書にはこう書いてある。このコンタクトレンズをつけると、精神状態が変わります。青なら冷静、赤は情熱的、黄は愉快に、白は集中、黒は隠れた欲望の解放。状況に応じて、最適なものを選んでください。
もらったものは度付きのものだ。これならメガネをかけなくてもよく見える。コンタクトレンズは初めてだけど、ちょうどいいから使ってみることにした。お試しの試供品だからタダだし。
「さて、何から試そうか。最近面白いことがないから、愉快な気分にでもなりたいかな」
黄色のコンタクトレンズをはめた。コンタクトをつけるのは少し勇気が必要だったが、コツとかやり方を聞いていたから、思ったよりもスムーズにできた。
黄色のレンズから見える景色は、黄色に染まっているものではなかった。いつも通りの色合いだ。だけど、なんだか気分が良くなってきた。タケルの胸が躍る。つられて、体も動き出しそうなほどだ。心がリズミカルに打ち鳴らす。
歌って踊りたい!
愉快、爽快、良い気分。
ひとしきり楽しんでわかったのは、これは本物だということ。レンズを外してしまえば元通りだが、なんだがストレスが消え去ったような悪くない気持ちは残っていた。
タケルの退屈ないつも通りの毎日はこれを境に変わった。授業で集中しなきゃいけない時は、白のレンズ越しに黒板と教科書を見れば、難しい内容も頭に入ってくる。集中することで、理解力も上がったのかもしれない。
「もっとこのコンタクトレンズで遊んでみよう!」
タケルが次につけたのは赤色。
「心が燃えあがってきた。気持ちがはやって、何かをしたくて仕方がないぞ! そうだ、あの山に登るぞ! 一度も行ったことがないし、いい汗がかけそうだ。今から行けば、登頂に着くころには夕焼けが拝めるぞ!」
全力で駆け登って見えた景色は最高で、レンズのせいか涙が止まらなかった。
家に帰ってレンズを外すと疲れがドッときた。さっきまではあんなに元気だった身体は、全然言うことを聞いてくれなくなった。これも赤色の効果のようだった。
「上手く使えば便利そうだが、下手に使うと大変なことにもなりそうだから注意が必要だな」
身体を休めて次に使ったのは白のレンズ。つけてみた見た目は怖いものだった。今までのレンズは瞳の色があったが、今回のは白だ。白内障の色よりはきれいだが、黒い部分が白いのは不気味だ。
効果のほどはというと、よくわからない。というのがタケルの感想だった。青の時のように頭から雑音が消えて、思考がクリアになった。だが、少し違う。心が凪のように静かで、穏やかとか落ち着いているというわけではなく、哲学的な思考になっている気がしていた。
タケルは哲学用語はなにも知らなかったから、今の頭の中にあるこの考えが何というのかはわからなかった。だが、目には見えない真実というものを感覚じゃなくて知性で感じられた。このままこの考えに没頭していたい気持ちもあったが、ちょっと怖くなってきたからコンタクトを外した。
残るは黒色だ。
「説明では欲望の解放と書かれていたけど、どうなるのかな」
黒のレンズ越しの景色はやはり変わらず、見た目は普段よりも瞳がより黒くなったくらいだった。気持ちはよくない気がした。心の底からよくないものが込みあがってくる感覚がある。善良とか道徳とかを全て無視した欲求がせりあがってきた。これはまずい。タケルはまだ冷静なうちにレンズを外すことに成功した。なんだか恐ろしいものを見てしまった気がする。
とはいえ、黒と白のレンズ以外はとても便利なものだった。学校の成績は上がり、人望も手に入って部活ではエースになれた。順風満帆のタケルは色付きコンタクトレンズを上手く使うことができていた。周りはレンズを変える度豹変する様子を目の色が変わったようだといった。
タケルは黒い瞳を色付きレンズで覆って、今日も目の色を変える。