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神様の箱 第5話 魔法の原理

神様の箱

魔術とは、正式名称を魔学技術と呼ばれるものの略称だ。科学技術の名前をそのまま転用している。

魔術史の始まりはごく最近で、一世紀も経っていない。それでも、魔術を利用したものはどんどん登場している。機械の耐久性を向上させ、物の働きを助けるようなことはできていて、一般にも普及している。車の空気抵抗を減らしたり、車体をさらに頑丈にして安全性を高めたりするのに魔術が使われている。最近の軽くて丈夫な素材には、魔術が施されていることが多い。宇宙空間を進む船体や深海を探査する潜水艦は、大抵そういう素材でできている。

反面、人体に対して影響を及ぼすようなことは未発達で、漫画やアニメのように身体能力を強化したり、特殊な能力を身に付けるようなことはできないし、傷や病を魔術で治すことはまだできない。昔と比べれば、多くの難病が治るようになってきたが、日々新たな有害なウイルスや病気が発見されている。人類の戦いに終わりは見えないのだ。

だからこそ、これは人類にとって希望の光に他ならないと思う。

「魔法というのは、体の内にある魔力を利用する技能なんだ。弓術や剣術のようなものであり、職人の技術のようでもある。才能がものをいうし、それ以上に訓練が必要な技だ。簡単な魔法であれば、少しの練習で習得は可能だ。火を熾したり水を生成したりといったね。だが、そこから先は誰でもできることではない。自由自在に操るというのは、生み出すよりも難しい」

遺跡の街ラバの博物館前でやっていた水を鮮やかに操っていた大道芸は、訓練によって身に着けた高い技量の成せる業というわけだ。

「だから、その、なんだ」

魔術は学問であり、誰でも使うことができる技術だ。科学とよく似ているが、魔力という空間に存在する未だによく分かっていない不確かなエネルギーを用いて、科学では理解し難い不可思議な結果をもたらす。魔術と科学は似て非なるものだ。

魔術と魔法も、似ているようでいて全然違うようだ。魔術は人間が組み上げる装置であるが、魔法は人間による技だという。同じような結果を出しても、そのプロセスや原理は全く違うだろう。そもそも、根本的な、大前提の問題がある。

「君は魔法を使えない」

その言葉を聞いた時、僕はショックを受けた。いざ踏み出した階段が一段目でいきなり抜け落ちたような気分だった。

僕には魔力が無い。人体に魔力は存在しない。内なるエネルギーなんてものは僕らには無いのだ。魔力を内包しているのは水槽世界人特有の性質みたいだ。

厳密に言えば、魔法を使えるほどの魔力がない。空中に術式を描く程度の魔力はあるが、それでは魔法を使うことはできないらしい。わかりやすく例えると、僕のはボールペンに入っているインクくらいの量でシャリルさんはお風呂くらいだ。すごい差があるが、シャリルさんの魔力量は普通らしい。

空を飛んだり、水を操ったり、火の玉を出したりできると思ったのに。漫画のようなことが実際にできるのだと、実は期待してたんだ。子供のころに憧れたフィクションの中の力が自分にも使えるようになるんだと思ってたんだ。そりゃあ魔術だって十分フィクションだけど、色々やらなきゃいけない工程が多いしやってることは科学と似たようなものだから、ちっとも特別って感じがしない。調べたら、この水槽世界は魔力濃度が高いから魔術は出力が高くなって派手なこともできるけど、それだって限度はある。魔術を駆使して戦うなんてことは発動条件の厳しさから難しい。準備している間にやられる。山賊の時は、油断してくれていたから発動はできたけど、それでも決定打にはならなかった。あまり強くない敵になら通用するかもしれないけど、やっぱり発動までの時間がネックだ。

「うぅ。どうにかならないですか」

「少しくらいあればある程度はなんとかなるものなんだか、流石に少なすぎる」

くっ、これが人種間の違いってやつか。水槽世界人とそうでないのとでは、こんな差があるなんて。それも当然かもしれない。僕ら人類も起源が分からないから大概だけど、彼らもどこから来たのか見当もつかない。我々も彼らも、どこから来たのか何者なのか我々はどこへ行くのか。

「魔力が僅かなのはかなり珍しいことだが、ないことではない。そう落ち込むな」

電化製品を使おうにも必要な分の電気がなければ使うことはできない。ただのインテリアになる。

そうだ、魔力を集めることなら魔術でできるじゃないか。いつもならそこから魔術を発動する過程に移るけど、集めるだけに留めればいけるんじゃないか?

「魔力を集めることはできるんですが、それならできませんか」

「ふむ、集める?」

シャリルさんは僕の集めるという言葉に引っかかりを覚えたようで、怪しむように見てきた。

あ、そういうのってこっちじゃできないことだったかな? でも、これから魔法を教わるのなら隠し通すことはできないし、どっちみち魔術のことがバレるのは時間の問題だ。ただ、そうなると不安が一つ。ミレイが怒るということだ。僕のシステムの力や魔術を魔法だと思っていたから『だましたな!』とかいって殴られるかもしれない。シャリルさんにも知られることで不都合があるかもしれないけど、動きださないと始まらない。それに信用を得たいなら、まずはこっちが腹を割らなければ!

「えっとですね」

この世界を作ったとか、外の世界とかのことは触れずに魔術というのを使えるということだけ話した。

「なるほど。だがそれでも問題がある」

シャリルさんが言うには、魔法を使うには魔力感覚が必須だそうだ。自分の中の魔力は分かっても、魔術で集めたような外の魔力は僕には分からない。感覚が無ければ魔力を扱う感覚もわからないからやっぱりどうにもならないらしい。触覚が無い人間が指の感覚を頼りにするような職人芸ができないのと同じだ。

「……」

だめだぁ、できないぃ。どうやっても無理そぅ。

「ま、まぁせっかく来たんだ。医療の初歩くらいは学んでいきなよ。いざという時応急手当くらいできたほうがいいだろ?」

それから包帯の巻き方や人命救助の手順を教わった。学院でも少しだけ習ったけど、単位と関係ないからやる気がなくてすっかり忘れていた。こういうな何があるかわからない状況だと、必須の知識だから今度はしっかり覚えた。ミレイがいつもそばにいるとは限らないし、次はミレイが怪我をするかもしれない。

「魔法が使えなくても、その魔術というのがあればいいんじゃないかい?」

たしかに、魔術があれば魔法はいらないと思われるのも無理はない。だけど魔法には魔術にはない利点があるし、なにより僕は知りたかった。なにがどうやって、どんな理屈で魔法は使われているのか。

「そんなに便利なものでもないんです。それに魔法の原理も知りたかったので、使えるようになりたかったんです」

「私は魔法の研究者じゃないから詳しいことは分からないけど、これは感覚でやってるよ。治療魔法には医療の正しい知識が必要不可欠だけど、魔法に一番不可欠なのはイメージなんだ。欲しい結果に辿る道筋は具体的であればあるほど望ましい」

イメージか。もしかしたら想像の具現化が起こっているのかもしれない。荒唐無稽な話かもしれないが、魔法自体がそもそも出鱈目だ。突拍子もない考えのほうがちょうどいいのかもしれないのだ。

できないとわかったけど、魔法については知りたい。シャリルさんにお願いして簡単な魔法を見せてもらった。生活をするのに必要不可欠な、発火と水の生成の魔法をやってもらった。魔力の感知はできないから、どんな流れをしているのかどんな変化
をしているのか、僕自身はわからない。感じることができないのに魔力を扱って魔術を使えるのは、観測はできるからだ。機材を使うことにより、人間の目では見ることができないものを見て、計測してきたからだ。その観測装置はここにはないけれど、この世界ならば僕は同じことができる。博物館の展示品を見た時と同じように、創造システムの機能であらゆる情報を視界に映す。感じることはできないけど、少なくとも観測はできる。

発火と生成で魔力の流れに大きな違いが見られた。魔力が人差し指の先に集中して荒ぶれば、爪先から数ミリ離れたところに小さな火が出現した。同じく人差し指に魔力が集中して、今度は指先を循環して流れれば、水が空中から湧いて線となって床に落ちた。

火は、魔力が燃えているようだ。水は空気中の水分を集めて液体化させている。特別なことをしているようには思えない。魔術でも魔力に同じ動きをさせることができるだろう。ほかの観測計は何も変化は無いことを告げている。

「魔法には五つの性質がある。火、水、空、雷、地のどれか、あるいは複数の性質を持つ。それぞれ発動するのに基本的な魔力の流れがあって、火は振動し、水は流れ、空は満ち、雷は圧縮、地は固める。あとはさっきも言った通りイメージだ。それで魔法を使うことができる」

興味深いな、魔力の動きで違ってくるのか。魔術ではただのエネルギーとして使うから、魔力自体をどうこうする思想はない。そもそも細かい操作なんかは苦手だと思う。まだまだ浅い歴史だから誰も試したことがないけど、そんなことをするなら直接魔術を行使したほうが早いだろう。魔力効率はどちらが優れているのかはわからないが、大差がなければさほど問題じゃない。今のところ空間から無尽蔵に取り出せるものだからエネルギーは不足していない。そのうち枯渇するかもしれないが、今は魔術の発展が重要視されている。公害もないし理想のエネルギーだ。もう国の電力の半分が魔力発電になっている。

やっぱり不思議なエネルギーだ。

「基本の簡単なものなら誰でもできる。生活に必須なものだしね。複雑で高度な魔法となると繊細な魔力コントロールが必要になってくるが、できる使い手は非常に少ない。威力を高くしたければ、その分魔力を多く使えばいいからだ。医療魔法使いは高度な技術が必要だから、皆それなりの魔法技術を持っている。どいつもこいつも私ほどじゃないがね。ヤブどもが」

飲み水が自由に作れるのならすごい便利だし、必要不可欠な能力だ。水道やガスなんかのインフラが整っていないから絶対必要だ。いや、魔法が誰でも使えるものだから必要ないのか。だから住む場所を選ばなくてもいいし、こんな森の中でも暮らしていけるのか。これなら砂漠のど真ん中でも生活できそうだ。

高度な魔法がどんなものかは気になるところだ。何があるのか、どんなことができるのか。単純に破壊的なものばかりなのか。威力を高くしたければ多量の魔力があればいいみたいだから、もっと荒唐無稽なことができるものだと思う。無から有を生み出すみたいなこととかできないだろうか。

医療が難しいことなのは変わらないらしい。外の世界でもたくさん勉強しなきゃいけないし、それで資格をとっても外科の場合は手術の腕とはまた別だから磨かかなきゃいけない。
最後にボソッとなにか聞こえた気がしたけど気のせいだ。

そういえばミレイはどこへ行ったんだろう。いつの間にかいなくなっていた。頼まれていた盗みの依頼を終えたから報酬を取りに行っているのかもしれない。報酬はどれくらいだろうか。食堂でミレイが払っていたお代をチラッと見たけど、通貨は硬貨のようで何か描かれているみたいだったけど見たのは一瞬だったからよくわからなかった。国の通貨は歴史を知れることが多いから気になる。外の世界では国によって違うけど、大抵は昔の建築物とか偉人とかが描かれている。この国ではどうなんだろう。この国の名前もなんだろう? 聞いていないな。

「どっせーい!」

どっせーい? そんなかけ声とともにミレイが乗り込んできた。いったい何事だ。いきなり入ってくるなんてびっくりする。

「おうおうタカミよう、暇そうだなぁ。ちょっと付き合えや」

なんだ、このヤンキーは? 他人のフリをしたい。でもそんなことすれば、ただじゃすまないだろう。

「どうしたんだい? いつになく荒れてるじゃないか」

シャリルさんもこんなヤンキーミレイは珍しいみたいだ。なにか嫌な事でもあったのだろうか。ただでさえ、女の子との接点が今までなかったうえに、ヤンキーという人種に関わってこなかったからこういう時どうすればいいのかわからない。我が学院は頭のおかしい魔術オタクしかいなかったのだ。

「それが聞いてくださいよ先生! あいつら依頼の品のペンダントが不完全とか言うんですよ」

不完全? 重要なパーツが足りなかったのか。一見何かが欠けているようには見えなかったけど、小さい宝石でもなくなっていたんだろうか。宝石を嵌め込む台座ごととれてしまっていたら、気づかなくても無理はない。宝飾品に詳しくないからよくわからないが、そういった小さいものがなくなっているなら面倒だぞ。大きな宝石といわれるものでもでも小石くらいのサイズだから、それよりも小さい石を探すなんて骨だぞ。

「対になるやつがあって、二つ揃って一つのものらしいんです」

ペアリングのような感じかな。それぞれに意味がある形で、揃えることで完成する芸術品のような。はめ込まれている宝石の石言葉が、二つあることで意味が変わってくるような、そんな感じだろうか。

ふと疑問が湧く。そういうことなら始めから二つ盗ってくるように依頼していたはず。

「依頼は二つってことだったの?」

「いや、あいつらも別々になってるなんて知らなかったらしい。自然に分かれるものでもないそうだからな。だからこいつは、追加の依頼になる」

それならなんで不機嫌なんだろう。別なら報酬もその分もらえるから無駄骨ということじゃないのに。嫌なら断ればいいし。

「ったく、他人のもん好き勝手にしやがってよ」

さっきミレイは、自然に分かたれることはないと言っていた。ということは人の手が加わったということになる。ペンダントとしては不格好になりそうだけど、そういうものもあるんだろう。もしや、依頼人に同情して怒っているのか。盗んだ挙句、勝手に弄ってバラバラにしたことを。

すると、シャリルさんがこっそりと耳打ちしてきた。

「彼女、乱暴な言葉遣いだがやさしい子だよ」

まるで娘に対する親のような、あるいは妹を気にかける姉のような気持ちをシャリルさんから感じた。

普段の言動が荒いからやさしさというのは感じにくい。たしかに、悪い人ではないと思う。思うけど、ヤンキーのような言動がそれを感じにくくさせている。

「行くぞタカミ。準備しろ!」

僕としては言葉遣いをもう少しやさしくしてほしいと思った。

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