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神様の箱 第10話 忠誠の果て

神様の箱

変性古来種とは、古来から存在する生物が長い年月で魔力を持つようになった生物のことを指す。反対に、在性古来種は魔力を持たずにそのままの姿、あるいは進化した生物のことを指す。二つとも魔獣とは違うものとして扱われる

マスタングと名付けられた、あの青い馬の正体はレイバという生物らしい。レイバは変性古来種の一種で、地域によっては神聖な存在として扱われているらしい。レイバはあの世とこの世を駆ける馬といわれていて、次元を越えて移動することができる。成長期がくれば水辺に移動して、霊的な力を高めて一気に成体に成長するそうだ。

まったく、常識外れな生物だらけだ。ファンタジー小説のようなことばかり。でも実際に現実に起きていることだ。それならば、人間ができない道理はない。ここの不思議生物たちを詳しく調べれば、科学や魔術で同じことができるはずだ。人類の技術のお手本はいつだって自然の中にあったのだから。

興味がつきない。危険な目にあったというのに懲りないと、自分でも思う。でも人間はこういうものだ。九死に一生を得た直後でも、安全になったとわかれば性懲りもなく繰り返すし、学びを得るためだけに死にかけて命の危険があったことは学ばなかったかのように振舞うのだ。

実際は対策をしたうえでまた挑戦するのだけど、他人からすれば死にたがりにしか見えないだろう。

もちろん僕はあんな痛いことは二度と経験したくはないし、どんなに対策をしても命の危険があることはしたくない。だけどまぁ、そのうちもっと強くなったら、もっと強力なコードができたら、危険な魔獣の調査をしてみたい、かも?

しかし、まずはどんなことよりも治療が先だ。

女の子とマスタングと別れて大樹の村に戻ってきた。行きはどこにペンダントがあるかわからなかったからワープは使わずにきたけど、帰りは目的地がはっきりしているからワープゲートをくぐって一瞬だ。

治療を受けた僕らは病院のベッドでぐっすりと寝た。それはもう死んだかのように、一度も起きることなく翌日の昼までだ。ちなみに寝たのは前日の昼過ぎくらい。丸一日近く寝たことになる。こんなに寝たのは初めてだ。体がバキバキに固まってる。

ゴロゴロするのは好きだけど、あんまりやりすぎると逆に体を動かしたくなる。少しでも歩きたくて、ベッドの側に置いてある、歩くときに使うように言われた杖を使って立ち上がった。

部屋を出るとシャリルさんに会った。

「怪我の具合はどうだい?」

「まだ痛みますけど、かなりよくなってると思います」

ちょっとした触診の結果、あと一日で杖もいらなくなるだろうとのこと。

昨日、骨がバキバキになっていると言われた。僕の記憶が、何者かに操作されていなければそのはずだ。当然、僕の回復力が凄まじいいという訳ではない。至って普通の一般的なものだ。むしろ、運動する機会があまりないから平均よりも下であるだろう。

相変わらずよくわからない医療技術だ。

「絶対安静じゃないが、あんまり無茶はしないこと。治りかけだからこそ、油断してはいけない。散歩をするならここらへんを少しだけにしておきなさい」

シャリルさんにお礼を言って、病院の扉を開けた。気持ちのいい風が入り込んで頬を撫でる。首筋を通って、不快な寝汗を少しだけふき取ってくれた感じがした。

なんだか、外に出るのが久しぶりな気がする。

地下水道にもぐっていたし、長いこと寝ていたからかそう感じた。

太陽は元気に照っているけど、気温は高くない。むしろ少し低めかな。空気もからりと爽やかだ。ジメジメとした地下水道にいたせいか、余計に気持ちがいい。杖を放り出して走り出したくなる。こういう気持ちはたまにある。なんかこう、何かしたくてウズウズする様な感覚。

でも、ここは我慢。珍しく運動したい気分がもったいないけど、怪我が長引くほうがもったいないし、つらい。大人しく、杖をついて散歩するのにとどめた。

村の中央にそびえる巨木。樹齢が何千、何万とありそうな巨大な木だ。ただ長い年月だけじゃあんなに大きくはならないだろう。豊富な栄養と、それだけ成長できる余地のある種類の樹木じゃなければ、あんな、雲がかかるほどの高さにまでなるはずがない。この濃い魔力が関係しているのか。魔獣といい、変性古来種といい、この水槽世界は不思議だ。

「よっ」

声がした方には片手を上げたミレイがいた。

「もういいのか?」

「少し歩くくらいにはね。杖は手放せないけど」

「そうか、それならよかった」

そうやって笑う顔には元気が戻っていた。

「そっちはどう?」

聞いてみれば、今度は深刻な表情だ。なにかまずいことでもあったのか? もしかして、一見するだけではわからない、重大な後遺症が残ってしまったとか。

「腹が減った」

重大な……後遺症?

「石ころでも食えそうなくらい腹が減ってんのに、先生が今日はスープしか許してくれないんだ。もう腹の虫も鳴かねぇ」

悲しそうにお腹をさすっている。元気そうでなによりだ。

その日は二人とも、シャリルさん特製の具が見当たらないスープだけを飲んだ。ミレイはスープ自体に不満はないようで、がっついてすぐに平らげてしまっていたけど、やっぱり量が足りないから、ひもじそうにしていた。でも、僕は満足だ。今まで飲んだスープの中で一番おいしかったから。さんざん寝たというのに、この日の夜もぐっすりと寝ることができた。

「退院だね」

「早い」

「なにか?」

「いえなにも」

翌日、完治だと言われた。散歩した時に少しだけあった痛みも、すっかり消え去っていた。ジャンプしてみても、まったく問題ない。絶好調だ。昨日の自分とはまるで違う。肉体ごと入れ替えたみたいだ。あのスープに秘密があるのだろうか。

何はともあれ、治ったのならそれでいい。

「「ありがとうございましたー」」

一緒にあいさつをして、ミレイの家に帰った。

するとそこには、襤褸をまとった集団がいた。全員が、大きなボロボロのフード付きマントを頭からすっぽり被っていて、肌が一切見えない恰好だ。

怪しい。不審者か浮浪者にしか見えないな。村の住人だろうか? それともミレイの知り合いか。

「そっちから来るなんて、よっぽど待ち遠しかったみたいだ」

「待ち遠しい……か。確かに、この時を長いこと待った」

ミレイの言葉に襤褸の内の一人が答えた。ずいぶんとくたびれている。恰好もそうだけど、声が疲れているように聞こえた。長い距離を歩いてきた旅人のような、やっと肩の荷を下ろせるといったような感情がこもっているように聞こえた。シルエットも、背筋が伸びているのが一人もいない。流浪の少数民族とかだろうか。

「ほら、これだろ。二つあったのが一つになっちまったけど、これでいいんだろ?」

取り出したペンダントがミレイの指に引っかかって、日の光を透過させて青く染めている。

やりとりを聞いていると、どうやらペンダントを盗ってくる依頼を出したのがこの人たちらしい。

「その通りダ、それでいい。形は変わっていないが、それこそが正しい姿ダ」

「じゃ、これで依頼は達成だな」

ミレイがペンダントを渡そうとしたところ、依頼人の手袋に包まれた手は、受け取らず待ったをかけた。

これで、この仕事も終わり。そう思ったのに、まだなにかあるのか?

「それは君が持っていてくレ」

「は? どういうことだ」

「それは、差し上げル。もともとそういうつもりだったのだ、主の末裔ヨ」

僕はここまで口を挟まなかった。最初から何かを言うつもりはなかった。依頼した、されたの関係に僕は関係がなかったから。あくまで協力者だと思っているから。だけど、ちょっと質問したいぞ。

「順を追って話そウ。まず、我々は今はもう滅んだ国の王女殿下に仕えた近衛兵ダ。廃棄されるはずだった我々を、王女殿下は手を差し伸べてくださっタ。無能なこの身に様々なものを与えてくださっタ」

僕は黙って聞くことにした。ミレイも口を出すことなく耳を傾けていた。

「多大な恩があル。どれだけ返しても返し足りなイ。居場所を与えてくれタ。必要だと言ってくれタ。これ以上嬉しいことはなかっタ。こんな身だが、生まれてきた意味というのを知っタ」

思い出して感極まっているのか、身体が震えている。よっぽど大切な思い出なんだろう。その王女様にとっても、こんなにも忠誠を捧げてもらえる臣下は得難いものだったはずだ。現代ではもう見られない、主従の絆ってやつだ。

彼は語る。経験したこともない昔話のはずなのに、まるでそこにいたかのように。

「国は栄華を誇り、高度な文明を築いたが、大きな戦乱の中で滅びた。その混乱により、我々と主は離れ離れとなった。ソシテ、それが今生の別れとナってしマッタ」

皆こうべを垂れていた。後悔の念が伝わってくる。

「手元に残ったのは、つい先日に主が継承したばかりの王家の至宝だけ。究極の守りになるそれを、主が持ってイナイことに我々は絶望した」

それから彼らは探し回り、主の手がかりをつかんだそうだ。

「しかし、アマリにも年月が経ち過ぎてイタ。人間の寿命はとっくに尽きてイルほど二」

「待てよ、その語り口だとまるで当事者みたいだ。あんまり聞いてこなかったがよ、何者なんだ、あんたら?」

そうだ、そうなんだ。しゃべりが上手いだけなのかと思っていたけど、その時の当事者の感情までも分かっていたようだった。嬉しかったとか、どうしようもない後悔だとか。詳細に語っているというわけでもない。主観的なんだ。

「……そウだな。もう隠す必要もアルマイ」

後ろの仲間と目くばせをし、深く被ったフードを脱いで、その中が露わになった。

人間の肌はいくつか色があるけど、大きく逸脱したりはしない。世にも奇妙な病気でもない限り、決まっている。そういう生物として遺伝子に組み込まれているからだ。顔の形は十人十色でも、肌色は予想できる。

だから、そこから出てきたのは完全に予想外だった。

「え!?」

「……!」

驚いて声が出てしまった。ミレイも、目を見開いて隠せないでいる。

赤茶色の中に、メタリックな銀色が微かに光を反射している。生物的な肉の丸みがなく、無機質な硬い質感。目だと思うところはカメラのレンズのように丸く、大きさが左右で違う。他にも、ところどころ左右非対称になっている。

ロボットだ。

流暢に話していた依頼人の正体は、ロボットだった。

「交換できるパーツもなくナッタ。遺跡から発掘しても、もう使い物にナラナイだろう。残された時間は短イ」

だから託されてくれと、ロボット言う。

残された時間は短いと、彼は言うけれど、そんなはずはない。解析しなくてもわかる。そもそも、残された時間なんてとっくにないはずなんだ。現代の、機械に溢れた世界で生きていたから自然とわかった。メカニックとかじゃなくても、一目瞭然だ。

なぜ動いている、というのが素直な感想だ。

重病の患者が、意思の強さで奇跡を起こして、余命を超えて生きるというのはよく聞く。あったはずの腫瘍がなくなっていた、なんてものも聞いたことがある。機械の、そういったものは聞いたことがない。

高度な機械文明が、意思を作り出すことに成功しからなのか。それにしたって、奇跡とかが起こらなきゃ、あんな状態でまともに動けるはずがない。

「一番、重要なことを言ってないぜ。お前」

ミレイがなにやら引かない様子だ。なにか癪に触ったのか? 僕はこれを受けてもいいと思うのだけど、損もないし、なにより彼らの意思を汲んであげたい。

「名を言え。お前たち全員の名前だ」

瞬間、依頼人たちが揺れた気がした。話しをしていたロボットだけじゃなく、その後ろにずらっとたたずんでいるのも全員が。

「……」

目玉がないのに、瞳が揺れている。纏う襤褸切れが風に煽られて動く。

「アア……ああ、その通りだ。私の識別番号はE6789。主からはエイクと、名付けてイタダイタ」

「いい名前だな」

「ありがとウ。主に賜った名前ダ」

エイクは王女様に廃棄場で会った時、プログラムされた言葉をかけた。何かお役に立つことはありますか、と。そしたら言われた。

『私の役に立ちたいのなら、まず名を名乗れ。話はそれからだ』

そして拾われ、修理をされ、近衛兵の任を受ける。

ミレイは、彼らが仕えた王女様に似ているそうだ。自信と確信に満ちた瞳や、堂々とした貫禄も。見た目が似ている訳じゃなく、雰囲気がそっくりだそうだ。それで、名を聞かれたことで、主の姿を幻視したという。

彼らの名前を全て聞いたところで、動きが鈍くなっているのに気づいた。油が切れたかのようにぎこちなくなっていた。本当に油切れしたわけでもないだろう。

「主は掃除や片付けが苦手で、それで我々がやろうとすれば怒るのだ。その内、許可なしに捨てることを禁じられた。オカゲで、主の私室や研究室を掃除スルコトができず、ヨク散らかってイタ」

だんだんと電池がなくなっていくように、あるいは蝋燭の火が消えていく。

「捨てテもいイ。王家の復活など望マナイ。片付けが苦手だった主の持ち物を片付けることが目的だった。我々は、捨てるこトガデキナいから、所有権があルモのに託すしかなカッタノダ」

寿命が尽きるんだ。最後の役目を果たしたことで、安心して張りつめていた糸が切れたんだ。とっくに限界だったんだ、無理もない。

「胸を張ってはいけなイナ。お役に立てたとは言エナイ。もし、機械仕掛けの我々が……向こうでマタ会えるトイウノならば、お詫びと感謝を伝えタイ」

これが最後の言葉のように、エイクは発する。この世での活動は、これで終わる。

「無能な我々でシタが、仕えさせてイタダイタことは……幸福なことダッタ」

後ろの何人かが動かなくなって、パーツが落ちる。

「ミレイ殿。どウか達者デ」

絞り出すような声が、ミレイにかけられた。それに対してなにを思ったのか、僕にはわからないけど、返した言葉は彼女なりの誠意だったのだろう。

「長きにわたる忠心、大義であった」

そして、エイクも動かなくなった。

ミレイの言葉が伝わったのかは、わからない。もう確かめる術もない。でも、彼らのわかりにくい表情から僕が感じたのは、やり遂げたという気持ちだ。根拠もなにもない、なんとなくのものだけど、きっとそうに違いない。頑張ったんだもの。

こうして、遥か昔の王女様に仕えた近衛兵たちは、その役目を終えた。これが彼らの忠誠の果て。五千年の歴史がついに終わったんだ。

彼らの体は火葬することにした。土に還ることができないし、その体は大昔のオーパーツだ。見つかれば利用されてしまうだろう。

ただの火では炙ることもできなかったから、ミレイのペンダントの力で跡形もなく償却した。その上に、彼ら全員の名前を二人で彫った墓石を建てて花を手向けた。

「さ、次の仕事をしようか」

ミレイはそう言って、僕に手を差し出した。

エイクたちの物語は終わったけど、僕らのほうはまだ続く。たまたま交わって、進行方向が少しだけ一緒だっただけ。彼らの五千年には及ばないけど、先は長い。

僕は手を取って言った。

「今度は、あんまり危なくないのがいいな」

「そいつはどうかな」

穏やかじゃない。外の世界に帰るまで安心というのはできないみたいだ。まあ、それもいいのかもしれない。

僕らはエイクたちの墓を後にした。

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