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神様の箱 第3話 神の力

神様の箱

僕が住んでいる国は、街はずっと続いていて、街と街の間にある大自然なんかはない。昔はあったのかもしれないけど、今ではそんなものはない。途切れることなく、現代の建築物が建っている。コンビニは探せばその辺にあるし、監視カメラも多い。完全に目がない場所は国全体を見渡しても少ないだろう。女性も子供も夜に外出しても問題ない。魔術が発見され、研究されてきた現代ではその変化は著しい。僕たち善良な市民はより安全に暮らせる世の中になった。でも、それは僕が生まれ育った外の世界の話。ここではそういった常識は通用しないのだ。

「待て」

ミレイは僕を手で制した。彼女も気づいたようだ。後ろから後をつけてくる人間がいる。僕はコントローラーに付属している危険が迫ると反応するアラーム機能で気づけたけれど、そんなもの無しでわかったのはすごい。野生の勘というやつかな。

「しゃがめ」

「うげっ」

首を持ってかれると思うほどの力で頭を強引に下げられた。その拍子にバランスが崩れてこけてしまった。痛いぞ、このばか力。

「つけられてるな。二人だ、見えるか?」

「え、全然。どこ?」

僕のアラームでは細かいことはわからない。危険を事前に教えてくれるけど、何がどう危険なのかは察知できないのだ。今回は、僕を害そうという心を持った人間が追ってきているのを感知して鳴ったのだ。アラームのパターンはJ。事件のJ。

こっそりと、人差し指で描いて即席の望遠魔術を発動した。指で輪を作って覗いて、ミレイが指差す方向に目を向けた。よく言えばワイルドな、率直に言えば身なりに気をつかったことがなさそうな見た目をした二人の男がこっちに近づいてきていた。僕らの後を追ってきていたのはあいつらみたいだ。山賊かな? 初めて見た。

「流れ者っぽいな」

「なんでわかるの?」

「昔、この辺の山賊連中は伸したことがあるからな。それからどっか行ったみたいで見かけてねーからな。それに顔は覚えてる」

伸した? それはつまりボコボコに打ちのめしたってこと? 山賊よりもミレイのほうがおっかない気がする。その山賊も哀れだ。山賊なんてしていたばっかりにミレイに顔を覚えられてしまっているなんて、次会ったらまたボコボコにされるんじゃないだろうか。

今はミレイにボコボコにされた哀れな山賊のことよりも、目の前にいる山賊をどうにかしなくては。ミレイ一人だけで大丈夫そうだけど。

「ヤツらを二人相手にするのは荷が重いな。よし、アタシが右のやつやるからお前左な」

マジですか? 僕もやるんですか?

「奴ら結構強いから。油断するなよ」

僕、素人なんですが。戦闘用の魔術なんて一切知らないんですが。魔術を習っているだけの学生が、ならず者を相手にできるわけないでしょう! そりゃあ、女の子一人に負担をかけるわけにはいかないけどさ。

僕の心の嘆きなんて知ったことかと、ミレイは目で追えないほどの動きでどこかへ行ってしまった。

できることなんて、コントローラー頼りの世界操作くらいしかない。大きなことはできるけど、戦うことを想定して作ったわけじゃないからゲームのコマンドみたいに素早く技を繰り出すようなことはできない。できるようにすることはできるけど、プログラムをいじらなきゃいけなくて時間がかかるから今はできない。逃げながら単純な命令コードを入力するしかない。

山賊は早足でこっちに来ている。茂みに隠れて姿が見えなくなったからだ。今のうちにここから離れなければ。ひっそりと動く術なんて知らないから、音を消す魔術を発動させる。それからほふく前進だ。なるべく草や葉を揺らさないように気を付けて進まないと。落ちている乾いた枝は気にしなくていい。消音魔術のおかげで、枝を踏んで出る音で見つかるような心配はいらない。ほんとは透明にもなりたいけど、なんの準備もなしにいきなりできるような魔術じゃないし、そもそもそんな技量もない。こんなことならもう少し実技を頑張っておくんだった。頼むから気づかないでおくれよ。

なんとか上手いこと移動できてる、と思う。気づいている上で泳がされているとか、ゲーム感覚で遊んでるとかだと、もうそれまでだ。ミレイ助けて。女の子に助けを求めるのは格好がつかないけど、仕方ないじゃないか。こっちは平和な現代日本で育った一般市民だ。なにも特殊な訓練を受けていないし、武術をかじった経験もない。そもそも魔術師は学者だ。研究室にこもって研究をする人種だ。外に出て研究資料を採取したり、データをとったりするけど、職業柄あまり体を動かす機会は少ない。僕は学生だから正しくはまだ魔術師ではないけれど、その卵だ。日ごろ体はあまり動かさない。こうやってほふく前進をしているだけでも結構キツイ。

頑張って慎重に、それでいて急いで前進した結果、山賊の斜め後ろ側に回り込むことができた。距離は五十メートルくらいか。我ながらよく頑張った。えらいぞ。

山賊たちの動きが止まった。後ろに回ったことで背中にある大きな剣槍が見える。なんとも殺傷力が高そうな武器をお持ちだ。帰りたい。このままどこかへ行ってしまおうかしら。

観察していると、目が合った。山賊の一人が急に振り向いてこっちを見てきた。見つかった。

剣を持った山賊が飛びあがって、上から僕を見下ろす。その顔は獰猛な笑みで彩られていた。

完全に姿を見られた。そのまま僕を踏み潰すつもりだ。間一髪のところで、転がって避けれたけど万事休すだ。一般人の僕でもわかるはっきりとした殺意にちびりそうになる。

転びそうになりながらも、前のめりに走りだす。枝や葉っぱが体を切りつけてくるが構うものか。命がかかっているんだ。全身全霊全速力で森の中を駆ける。わき腹が痛い。

「いたっ」

あれ? 本当にわき腹が痛い。運動をしていて痛くなったような痛みじゃない。僕は運動が得意じゃないから、走るとすぐに痛くなる。だから運動による痛みはよく分かってる。奥のほうが痛くて、食べ物にあたったような嫌な痛みではないけど、なるべく避けたいあの痛み。そんなものじゃない。もっと表面が痛い。押さえていた手をどけると、血に濡れていた。さっきの一瞬で斬られたんだ。幸い傷は浅い。放っておいても大丈夫そうだけど、痛い。普段の生活で怪我もあんまりしないから、痛みに慣れていないんだ。痛い。無意識に顔が歪むのを感じる。鼻がツンとしてきて、なんだか目頭が熱くなってきた。なんだってんだよ。

即興でできる魔術はなにがあったっけ。魔法みたいに火を吹けたりできたらよかったんだけど、それをやるにはそれなりの準備がいる。タネも仕掛けもちゃんと用意しないとできないのが魔術だ。そのかわりしっかりと用意ができれば絶大な威力を発揮できる。発揮したい今すぐに。

「ケヒヒ」

喜色に満ちた声が聞こえる。こんな狂人には人生で一度だって会いたくなかった!

どうやら山賊は僕で遊ぶつもりらしい。焦らずゆっくりじっくり丁寧に、僕を殺すつもりだろう。その足取りはとてもゆっくりで、今のこの時間を最大限に楽しんでいるようだ。

チャンスだ。今のうちに時間のかかる魔術式を描くんだ。材料はなくても使える有用な魔術はあるんだ。ただし、描く術式が多いから相手が油断して遊んでいる時でもないと戦闘ではとても使えない。

拾った枝の先に光が灯る。

力の流れは天高くから落とす流れで、海流のように力強く流麗に。性質はありふれたものを使う。今の気象だと、光の力がいい。太陽の力を利用しよう。範囲は広く、だけど広すぎず。当たらなければ意味がないけど、力を分散させすぎても大きな力が見込めない。直径十メートルくらいがいい。所定の位置に山賊を誘い込みつつ、僕はその範囲からは抜けてないといけない。上手くできるかは賭けだけど、やるしかない。

術式は完成した。僕が今いるところに照準を合わせた。あとは走って射程範囲から抜けて、転ぶふりをして誘い込む。これだ、これで決まりだ。

走る。走るのは苦手だが十メートルなんてあっという間だ。だけど走り続けて疲れているから足の運びはたどたどしい。木の根につまづいて転んだ。わざと転んで誘うつもりだったけど、普通に転んでしまった。好都合だ。これならほんとだから演技だと疑われることはない。

来る、来るぞ。山賊は変わらない歩調で近づいてくる。あともう少し。よし、射程範囲だ。あと少しで中心――ここだ!

天上から光が降りる。指定した範囲十メートルをくまなく照らして焼いた。木や葉っぱは焼かれて次々と発火していく。大したことない威力だと思っていたけれど、中々強烈だ。まぶしくてよく見えないけど、山賊は火傷を負っているだろう。死なないよね?

時間が切れて光が上がる。山賊の姿が見当たらない。一体どこへ。

疑問に思った刹那。僕は左に吹っ飛んだ。大きな木にぶつかって初めて体の激痛に気がついた。さっきまでいたところを見ると、足を振り切った姿の山賊がいた。蹴られたんだ。なんて力だ。二十メートルは飛ばされた。

「やってくれたな小僧! 拷問してから食ってやる!」

山賊の体からは煙が出ている。避けられずに光を浴びたみたいだ。だけど、すぐに射程範囲から出たせいで軽い火傷ですんでるみたいだ。あの距離をあんな短時間で移動できるなんて、バカげてる。ミレイのほうが速いけど、だからって常識は守ってほしい。常識が通用しない。

意識はまだ保っているけど、そのうち気絶してしまうだろう。アドレナリンが分泌されてこれでも痛みが抑えられているようだけど、それでもかなり痛い。

「ごほっ」

(あぁ。吐血してシャツが汚れた。まだ新しいのに。痛い。夜ごはんはどうしよう冷蔵庫になにかあったっけ。痛い。提出物は、宿題ってなにが出てたかな。痛い。夏休みが近いな海とか行きたいかな。痛い。なんだっけ)

どうでもいいことばかりが頭の中を転がる。走馬燈がまだ見えないってことはまだ死ぬことはないかもしれないけど、このまま現実逃避していれば、いずれ死んでしまう。

山賊がおかしいくらいおおきな剣を片手で振りながら近づいて来た。いっそあれで一気に真っ二つににしてくれれば楽なのに。この望みはヤツの顔を見た瞬間に離散した。悪鬼のような顔だった。悪人に相応しい、恐ろしい顔だ。

「うっぐぅ」

泣きそうだ。痛みが増してきた。

(死にたくない!)

それと比例して、自分の中から生存本能が沸き上がってくる。

(あんなヤツなんかに殺されてたまるか!)

あんな、人を傷つけて遊ぶようなヤツなんかに殺されたくない。悪人を喜ばせて死ぬなんてまっぴらごめんだ。

怒りも沸いてきた。山賊やっているような犯罪者に好き勝手させてやるもんか。

煽るように右手を突き出す。手のひらを上に向けて手首を上下に動かし兆発する。それが気に障ったのか、山賊は大剣を僕の右腕に向けて振り下ろした。まずは腕を切り落とすつもりだろう。だが、それは叶わない。

剣は何かに阻まれて腕には届かない。青い半透明の物体にぶつかった。コントローラーを出して盾にしたからだ。キーボードの形をしたこれは、絶対に傷をつけることはできない。少なくともこの水槽世界において、世界を運用するこの装置をどうにかする術はない。

同色の立体ウィンドウをいくつも展開して、さらに面積を増やす。山賊はいきなり現れた物体に気を取られている。この隙に命令コードを右手でコントローラーに打ち込む。左手ではさっきの光の魔術の術式を描きかえる。座標だけをいじるだけだから簡単だ。左手でもわけない。打ち込む座標はここだ。また僕を中心にする。

すぐさま、空から再び光が降ってきた。上にも展開したウィンドウが光を遮って僕には届かない。山賊は難なく射程範囲から逃れた。光の攻撃は避けられたが、これで距離がとれた。

右手で打ち込んでいたコードの続きを今度は両手で入力する。自分でも驚くぐらいの早さでキーボードを叩けている。絶体絶命の状況で、最高の集中ができているんだろう。やるのはシンプルにいこう。地の果てまでぶっ飛ばせるようなやつがいい。

光の照射時間が終わって、がら空きの背中に向かって山賊が走ってきた。ウィンドウを新たに展開しようなんて考えはない。そんな余裕もないほどに、脳のリソースをコードの入力に充てている。

そんな心配もいらない。

極限状態の超集中が、常時では考えられない速度でのコード入力を可能にしてくれた。山賊を囲うように、一瞬で石の牙が地面から生える。これは檻だ。ただし、完全に閉じ込めるようにしてしまったらぶっ飛ばせないから上まで完全に覆っていない。地面が、隆起した火山が突然噴火したような勢いで、山賊をはるか上空に連れていく。それはどこからでも見えるくらいに高くなる。この星で一番高くなる。

背中越しに山賊の遠ざかる悲鳴と、大地の吼えるような音が聞こえる。ものすごい勢いだけど、その成長はぴたりと止まる。運動エネルギーをそのままに、檻の中にあるものがぶっ飛んでいくように。

痛みがどんどん強くなってきて、意識が薄れていくのを実感する。もうダメだ。ミレイのほうは大丈夫かな。あの山賊、強かったけどミレイほどじゃなかった。もう一人の山賊も同じような強さならいいけど。

意識がさらに遠くに行く感覚がしてきた。そういえば、昨日もこんな感覚あったっけ。あの時はなんで気を失ったのか覚えてないけど、二日続けて気絶なんて変な癖とかついたら嫌だな。

益体もないもないことを考えていたら、コントローラーが自動スリープに入って消えた瞬間に、僕の意識も消えた。

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