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神様の箱 プロローグ

神様の箱

『神を召喚しよう』そう最初に言い出したのはいったい誰なのか。決定したのは上層部の連中だが、誰も反対しなかったそうだから上層部自体が発起人とも言える。そんな絵空事を実行するのは、我々現場の人間の仕事だからたまったものじゃない。

ふざけるな大司教、自分でやれ。

思わず不敬な言葉も口から出そうになる。このガレックス、司祭として反省する。

今進めている計画は神を召喚して、この国が抱える問題を解決しようというものだ。魔獣の増加が止まらず、危機的状況にあるこの国を。それを神様になんとかしてもらおうという。恐れ多いとは思わないのだろうか?

しかし魔獣の力は強大だ。魔獣が一匹現れただけでも甚大な被害が出て、その討伐も軍を動かさなければならない。とても厄介だ。それがこの数年は出現数が大きく増している。個体の種類も今まで例がないものが多い。

神に縋る気持ちもわかるが、それでは良くない。我々が成長しなければ、別の脅威が起きた時にまた神を頼りにしなければいけなくなる。それではいつまで経ってもこの国は良くならない。

私は儀式魔法の専門家という肩書きを持っているということで、この計画の中心に近いところに選ばれたが、正直成功するとは思えない。この計画に賛成か反対か以前に、できないだろう。

私は司祭の立場であるが、私は神の存在を信じていない。といっても、神を否定しているのではなく、経典に記されているような神はいないと思っている。神は人間のように意志を持ち、自分の考えで行動を起こして世界や人間に影響を及ぼす存在ではないだろう。でなければもっとこの世に痕跡が残っているはずだし、魔獣を野放しにしてはいないだろう。

真の神とは、人知の及ばない高次元的存在であると考える。世界そのものとも言えるかもしれない。

背教者のような私が司祭の役職をもらえたのは、この教え自体は正しいと思い、多くの人々に説いてきたからだ。教会で熱心に敬虔に。その姿勢が評価されてここにいる。

セイカ教会の総本山であり、国の中枢機関が置かれている首都に鎮座する巨大な城。セイカ教から始まったこの国は、政治から離れても城からは離れなかった。

城の一番上にある展望台にて神の召喚を試みる。

召喚の準備をしていると、助手として手伝ってくれているシスターのリーゼが不安そうに私のもとに来た。

「本当にお呼びできるのでしょうか。そもそも、不遜なことではないのでしょうか」

もっともな疑問だろう。神を崇拝していない私でさえ、こちらの勝手な都合で召喚するのは良くないと考えているというのに、純粋に神に信仰心を捧げている彼女には猶更だろう。

「大司教様や枢機卿の方々が決められたことだ。政府も賛同している。藁にも縋る想いなのだ、これ以外にこの国が生き残る術はないのだ」

「しかし、まだ魔獣の毒牙はこの首都にまで及んでいませんし、まだ猶予があるのでは。まだ我々だけでもなんとかなるのではないでしょうか」

「シスターリーゼ。魔獣は強大だ。対抗できる選択肢は多くない。確かに今はまだ対処できているが、それもすぐに不可能になるだろう。あれは進化している」

学者が一様に訴えている。このままでは国が滅ぶと。一刻も早く手を打たなければならないと。

政府も教会もあらゆる手を尽くすつもりだ。現状ではなにが上手くいくかわからない。研究機関では魔獣に対抗できる兵器や魔法の開発。政府は今できる限りの軍拡を。そして教会では神の召喚と、知らされていないがなにか別の計画を進めているらしい。本来であれば力は割かず一つに絞ったほうが賢明なのだが、魔獣の進化は異常なのだ。いつ何が効かなくなるかわからない。もしかしたら、我々人間が考える限りの全てを行わなければ魔獣の根絶は叶わないのかもしれない。

「我々は為さねばならぬことを為すまで」

「……はい」

納得などできないだろう。彼女も私も誰も答えなどわからないのだから。我々にできることは生きることを諦めず足掻くことだ。どんなこともしよう。生きている者にとって最大の罪は生きることを諦めることだからだ。

準備ももうじき終わる。召喚の手筈が整う。

「さあ、神に失礼のないようお迎えしようか」

他の敬虔な信徒たちに立派な司祭として振る舞う。私の胸の内を知るのは私だけ。教会に逆らうつもりも教義に反するつもりもないが、この胸中だけは何者にも従わない自由な心だ。

召喚魔法を扱う信徒が所定の位置についた。もう何時でも始められる。

「神よ、我らの願いをどうかお聞き届けください」

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僕は魔術師だ。学院の成績は上の下あたりで、落ちこぼれというわけではないけど,
特別というわけでもない。平凡の域をでない凡俗な魔術師だ。だけど一つだけ誇れるものがあった。誰も知らない、誰にも負けない、僕の特技。

小さな宇宙を創る。自然環境を再現して、生物がありのままの生活ができる小さな箱庭のビオトープ。本来は水槽や植木鉢、庭の一角に作るものだけど、僕のはちょっと違う。

水槽の中に特殊な薬品と水とその辺の土や石、あとは生ゴミなんかを適当に入れてよくかき混ぜる。混ぜ終わったら僕が考案した魔術をかける。そうすると水槽の中が真っ暗になる、そしてまたかき混ぜる。この時のかき混ぜ方で結果は変わってくる。あとは魔術で水槽の中の時間を加速させて待つだけ。これで一つの宇宙が出来上がる。単純で簡単なようだけど、ここまでくるのに苦労した。最初は材料にこだわっていたからお金も結構かかっていたし、魔術も試行錯誤の繰り返しだった。今思えば、すごく非効率で無駄が多かった。今では魔術も効率化して時間もかなり短縮できた。

僕はこれを創造システムと名付けた。

鉄が足りなさそうだったら砂鉄を入れてみたり、生き物には欠かせない塩も適量。魔術で作った太陽を模した火の玉もいくつか入れた。これで生物に必要なものはそろった。

時間をさらに加速させて、あとはじっくり待つだけ。最初に入れた土に微生物が入っているだろうから、そいつが面白い進化をしているかもしれない。創造システムには生物の進化と万物の流れを促す効果がある促進魔術が組み込まれている。これによりこの水槽世界は水槽の外とは違う時間が流れ、生物は厳しい環境下でもたくましく生存して進化できる。

少し経つと地球らしき星ができていた。恒星の周りを回る青い星だ。いいぞ、良い感じだ。陸地には緑が広がっていて植物もあるようだ。この様子だと動物もいるだろう。

もっと詳しく見てみよう。魔術式望遠鏡はどこにやったかな。倉庫から引っ張り出してきて、レンズを覗き込んだ。

目に入ってきたのは古風なお城だ。石のブロックを積み上げた昔の西洋の城のようなやつだ。少し違うのは、壁全体に見たことのない文様が描かれているところだろうか。星の周りに円を描いて、ところどころになんだか絵のようなものがある。大昔の陰陽師が使っていたものに似ているが、こんな術式はなかったはずだし漢字に似ているところもあるが、よく見ると全然違うものだとわかる。完全に独自の術式だろう。もしくは術式ではなく、家紋や国旗のようなただのシンボルの可能性もある。倍率をもう少し上げてみよう。城の中の様子も見たい。

これはなにかの儀式をしているのかな。柱がいくつもある大きな空間で、大勢の人がなにかを囲っている。

人だ! 僕たちとなんら変わらない見た目をした人がいる! あの土中の微生物が進化したのか? この水槽の中にいるということはそうなのだろうけど、にわかには信じられない。現代では人間と同じ姿に進化するには、人間と同じ進化のルートを辿らなければいけないといわれているはずだ。システムの影響だろうか。だけど、進化先を誘導するような効果のある術式は組んでいなかったはずだ。そもそもそんなものは、僕が知る限りでは存在しない。いったいこの人たちはどこから来たんだろう?

考えている間にも儀式は進んでいく。人々の輪の中央がせり出して光を放ち、回転した。いったいこれはなんの儀式をしているのだろう。こんなもの知らない、もっとよく見たい。僕の知識欲が刺激される。

突如、時計が八時を知らせた。しまった。学校に遅れてしまう。だけどこれだけ、この儀式がなんなのか見てから家を出よう。走ればギリギリ間に合うはずだ。きっと。

その儀式に目が釘付けになる。なにが起こるのだろう。吸い寄せられるように見ていると、本当に吸い寄せられている気がしてきた。体も前傾姿勢だ。そして、本当に吸い寄せられた。水槽の中に体が落ちていく。

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落ちていく途中は、高速の乗り物に乗っているときのように景色が後ろに流れていた。乗り物に乗っている時と違うのは、後ろに向かって走っていく光の線が宇宙に浮かぶ星だったこと。真っ暗な宇宙空間から、地球とよく似た星に引っ張られていった。宇宙から地球に突入するスペースシャトルのように燃えることもなく、すんなり瞬きの間成層圏を抜け雲をすり抜けた。その先にあったのは常識外れな大きさの大木。そこで葉っぱと枝にぶつかりながらさらに落ちて、ひと際大きな枝に落ち着いた。

あまりにもあっという間のことだった。一呼吸分のうちのことだった。現実感が無かった。ここに来るまで実体が無くて、この木にぶつかった瞬間に僕自身が急に現れたような感じだ。

背中が痛い。本来、大気圏から突入すればこんな衝撃じゃすまないはずだけど、さっきの儀式で呼ばれたからかな。でもけっこう雑だ。まともな召喚魔術ならこんな落ちるような呼び出し方はしない。というかそもそも、人間を同意なしで召喚するのは違法だ。ここは水槽の中だろうからそんな法律はないだろうけど。

しかし困った。まさかこんなことになるだなんて。人間を作っちゃったのか? いや、ホムンクルスになるのか。法律違反だ。最低でも十年は刑務所だぞ。隠さなければ。封印をしなければ。いや、まずここから出る方法を見つける。創造システムでは中から外に出すことなんてできない。外に出ようとするのを阻む力が張ってあるから出れない。万が一のためにそういう設定にしてある。酷く汗が出てきた。

うんうん悩んでいると、突然綺麗な目と目が合った。ひょっこりと下から顔が生えてきた。あ、違うこの木を登ってきたのか。キレイな感じのかわいい顔だ。美少女だ。金髪美少女だ。

美少女が大きく息を吸って、指笛を吹いた。

あ、怪しい者じゃありません!

遠くまで聞こえそうな甲高い笛の音が響くと、足元から大きな蛇が現れて僕の体を縛りあげた。僕の身長よりも長く、腕と同じくらい太い。痛い痛い! 力が強い!

「なんだお前、知らんヤツだな。変な格好だし。どこから来た」

美少女が怖い顔で語気を強くして詰問してきた。今の格好は学校に行く直前だったから制服だ。黒のスラックスに白いシャツの上に学校指定のローブを羽織っている。

どこから来たかなんて信じてもらえないだろうけど。蛇の隙間からかろうじて出せた指を上に向けた。僕はそこから来たと訴えた。美少女は眉をひそめて訝しんでいるようだ。

「まあいい、来い」

そう言って、蛇に縛り付けられた僕の服を片手で掴んで枝から飛び降りた。十階のビルくらいの高さがあるところから、命綱無しにだ。あ、死んだ。本当に命の危険を感じた時、人はすぐには恐怖は感じないみたいだ。脳が急な事態に追いついていけないのだろう。

もうすでに死んでいるころのはず。閉じていた目を開ければ死んではいなかった。それどころか大した音もなく、自然に美少女は着地していた。僕にも影響を与えず、完璧に落下の力を殺していた。

巨木の麓には集落のようなものがあった。枝の上では気づかなかったが、多くの人が暮らしているみたいだ。

美少女はその強靭な脚力でもって、高くジャンプして僕を再び空に運んだ。思わず叫びそうになったが、その瞬間に、蛇に鱗で覆われた体で口を抑えられたことでその悲鳴は口の中で反響するにとどまった。

家は石や木で造られていて、電子機器のようなものは見当たらないが、文明レベルは決して低くはないようだ。老若男女問わず暮らしているようだ。ただの人間だけじゃなく、耳がとがった人や動物の特徴を持った人、おとぎ話に出てくるようなのがたくさんいる。

スリルいっぱいの絶叫マシンの中で、後ろに一つにまとめられた美少女の金髪が目に入ったり、周囲の様子が視界に映っているといつの間にか室内に入っていた。見たところ普通の木造の家みたいだ。

乱暴に放り投げられて、木の床にお尻がぶつかった。衝撃と痛みでふぎゃっと声が漏れ出た。こういう時に女の子はキャッとか言うけど、男がとっさに出るのはカエルが一鳴きしたような低い音だ。

「さて、お前どこから来た」

椅子の背もたれを前にして座り、彼女は問いかけてきた。

蛇は変わらず僕の体を拘束したままで、尋問のようになっている。僕は何も悪いことはしていないはずだ。あの大樹が登ってはいけない神聖なものだということなら、そういうことなら、確かに、それならまぁ、悪いなぁ。荒らしてしまったし、迷惑をかけてしまったことだろう。意図してやったことではないけど、だからといってお咎め無しということにはならないだろう。

射貫くような視線が刺さる。嫌な圧力を感じてたまったものじゃない。緊張をしていると時間というのは長く感じる。一分が普段の十倍くらいの長さにも感じて、早く時間が過ぎてほしいのに中々進まない。

どこから来た、なんて質問に正直に答えられるわけがない。混乱をさせてしまうか、そんなわけない本当のことを言えと詰問をされる。あるいは そのまま受け止められて面倒なことになってしまう。面倒なことはごめんだ。

膠着状態が続いていると、ノックの音。誰かが来た。ここで助けを求める考えが頭に浮かんだが、それは無駄だとすぐに振り払った。不審者は僕のほうだ。

「いいか、そこでおとなしくしとけよ。逃げようとしたら殺すからな」

美少女はそう言って出ていった。このままでは殺されてしまう。さっきの殺すからなって言ったとき、目がマジだった。

いつの間にか身動きができることに気づいた。ちょうどいいことに蛇が眠って拘束が緩んでいた。よし、今のうちに脱出しなければ。

服に引っかかっていた小さい枝に魔力を流し込んで、簡易的な魔術ペンにする。それを空中に突き立てて、魔術式を書く。円形の魔術陣も一緒に組み合わせて、あるものを呼び出す。この世界のコントローラーだ。さっき描いた魔法陣のように空中に輪郭だけが浮かび、青くて半透明のキーボードのような形をしている。空中ディスプレイを出してパソコンのように操作する。

このコントローラーは創造システムの付属機能の一つで、これを使えば水槽世界をある程度思い通りに動かすことができる。とりあえず少し離れたところと空間を繋げよう。

部屋の中空に針の穴ほどの光が刺して、それが少しづつ広がっていく。そしてそれはこことは全く違う景色が見える大きな穴になった。

さあ、おさらばだ。

時空の穴を抜けた先は森の中にある草地だった。といってもそんなに広くない。端から端まで走っていけるくらいの大きさだ。少し向こうにはさっきまでいた大樹が見える。離れたところで適当に繋げたけど、人もいなさそうでよかった。

さて、これからどうしようか。この世界から出ようにも方法がないから作るしかない。でもこっちからシステムを書き換えられるかわからない。どれだけ時間がかかるかわからないが、とりあえず拠点は必要だ。あの美少女が怖いからここから離れたところに拠点を作ろう。

地形を見たいから空から行くことにしよう。コントローラーがあれば空気抵抗も操作できるし、一気にこの星を一周だってできる。

コントローラーの操作に夢中になっていると、影が現れた。それはどんどん大きくなっていき、この草地を覆うほどになった。

空には、巨大な鳥のようなものがいた。普通の鳥とは明らかに違う。とてつもなく大きく、ところどころ半透明で、触手のような角のようなものが体のあちこちからたくさん生えている。黄色い羽毛は本来の鳥の姿なら綺麗でかわいかっただろうに、あれでは不気味さを加速させるだけになっている。嘴は尖ってこそいないが、あの大きさなら簡単に人の命を啄むことができそうだ。正気を疑うような見た目の化け物だ。

突然のことに呆気に取られていれば、鳥モドキはこっちに向かって急降下の態勢に入った。僕を狙っている。とっさに走ったが、空中で軌道を変えながら落ちてくるあいつから逃げるにはスピードが足りない。息が上がってコントローラーを使うような余裕はない。自前の魔術を使えるような状況でも当然ない。そもそも魔術は事前に準備をしなければなにもできない。このままだと追いつかれる。

もうダメだと思った時、視界の端で大樹がある方角からなにかが飛んでくるのを捉えた。鳥モドキはそれに当たり、体をくの字に曲げて木々をなぎ倒しながら二十メートルくらいぶっ飛んでいった。飛来物は飛んできた運動エネルギーを全て鳥モドキに押し付けたようで、僕のすぐそばに着地した。後ろで一つにまとまった金髪が砂金のように綺麗に舞った。

「よう、また会ったな」

「き、奇遇ですね」

さっきの美少女だ。とっさに苦し紛れみたいな言葉がでた。逃げたら殺すと言っていた。殺されてしまう。獰猛な感じですごく怖い。逃げなきゃ。

「まさか抜け出すとは思わなかった。お前そういう魔法使えんだな」

怖い笑顔を浮かべて近づいて来た。僕は後ずさりしたが、地面に埋まった石の出っ張りにつまづいて尻餅をついた。蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。

「いいね。お前、アタシの仕事手伝え」

仕事? どういうことだ。殺されないのか?

「そういや名乗ってなかったな。アタシはミレイ、てんだ。ミレイでいいぜ。さん、とか。ちゃん、とかつけんなよ?」

美少女あらため、ミレイは手を差し出してきた。

「ぼ、僕はアメノタカミ。タカミが名前、です」

「タカミ、ね。で、手伝ってくれんだろ?」

まだ内容も聞いてないのに。

「逃げたら殺すって言ったけど、殺さないでおいてやるからよ」

脅しじゃないか。応じなければ殺す、そう聞こえた。僕は了承の意思表示として彼女の手を取った。殺されないために。

そうすると、彼女はニカッと笑った。それは無邪気で、美少女ゆえに可愛くて、なんだかあたたかい笑顔だった。さっきの獰猛な顔とは大違いだった。女の子ってずるいと思った。

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